再会レイジネス - ぱらみねのねどこ

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再会レイジネス

「天文学には明るくなかったかな? どうやら、日食が近いらしいな」
「アメリカ大陸のオクラホマ州に、不可思議な爆発跡があったらしい」
「「「――えっ」」」
 人間3人の言葉が重なった。
「よし落ち着こう。まずアルゴモン、日食だって? 確かにあと二日で日食が観察できるらしいって話は、俺も学校で聞いてる。だが、日食に関わるデジタル・モンスターなんかいたか?」
「うむ、それについてだが些かの論拠はある。だがその前に、J殿が功を奪われたかのような面持ちをしているのでな、先にそちらの話を聞いてさしあげろ」
 うーむギリシアの神格、人間をよく見ている。ゼウスはどう考えてもクソったれだが、ハデスおじさんといいこのヒュプノスといい、ギリシア冥府に関わる神格はまともなのが多いのだろうか。
 ともあれ気遣いサンキュ、ということで真横に座っているJに水を向ける。能面のような表情で紅茶をテーブルに置き、裏切り疑惑が晴れてなお魔性を崩さない可憐な声が響き始めた。
「爆発跡――と言ったのは他でもない。クレーターとも違うようでね、どうにも地下にあった不発弾が今頃起爆したのではないかと言われている」
 これがその新聞だ――と、虚空から英字新聞を取り出す。もう何でもありだなイグドラシル・J。ドラえもんか貴様。
 英語は嫌いじゃないが、新聞記事ともなると気合を入れないと読解できない。ただ、オクラホマだとかエクスプロ―ジョンだかエクスプローデッドだかいう単語は見出しから読み取れた。モノクルの奥でせわしなく左眼を動かしながら、Jは講釈を開始した。
「だが、私はそうは睨んでいない。と言うのもイグドラシルのログに残されていた情報には、クン・ヤンと呼ばれる青く輝く大空洞世界が記されていた。オクラホマ州カド郡ビンガー村のとある塚に開口しているらしいが……何よりも、その地下世界には土星より飛来したツァトゥグアという神性、すなわち"地"の旧支配者が眠っているらしいからだ」
「成程、では御身はこう仰るのですね。彼の神性が悠久の眠りより目覚め、地下から地上に向けて飛び出したが故に、地底の爆発物が起爆したかのような爆発跡を残したと」
「物分かりがよろしくて大変結構。私たちは既に旧支配者の二角を討ち倒している。パラケルススが16世紀に確立させた四大元素の内、風と水が落ちたわけだ。そもそも何故休眠に入っていたかはわからないが、パワーバランスの変貌で、地たるツァトゥグアが活動を再開させてもおかしくはない」
「ん、了ー解。つーことは、地球上のどこかを、そのツァトゥグアが飛び回っている可能性が高いってわけか」
 定光の発言は尤もだ。今のJの弁ではそういうことになる。旧支配者のような異常存在が出現すれば、それは都市伝説のようなフォークロアどころではなく一大事件となる筈だ。イグドラシルの権能を以てすればリアルワールドの情報にはどんなものにもアクセスできるだろうから、後手には回るが居場所はいずれ分かるだろう。問題があるとすれば。
「いきなりこっちに突っかかってこられると困るな。どのデジタル・モンスターになっていそうかは分からないのか?」
 そう尋ねると、Jはまるで軽薄なアメリカンのように肩を竦めた。しかし華奢な身体でのそのムーブは苛立ちを覚えさせない。
「お手上げだ。私の左眼は今もイグドラシルを当たり続けているのだが、ツァトゥグアに該当しそうなデジタル・モンスターは見当たらない。よって警戒を密に――と言うことしかできないね。索敵に関しては、君を頼らせてもらいたいが。アルゴモン・ヒュプノス?」
 そのモノクル、そう言うブツだったのか。思えばアバター時のJも常時左目をぐるんぐるんさせていた。思わぬ発見に驚いていると、話はアルゴモン・ヒュプノスに引き継がれた。
「お役に立てるようで何よりです。お任せください、この街に近付く人外存在を発見次第、お知らせすると確約しましょう」
 瞳の模様の仮面の下でどんな表情をしているのだろうか。既にアルゴモンの意識はなく、己がヒュプノスであることを明かした上で尚イグドラシルの端末に敬意を払い続ける彼は、青白い肌に笑みを深めて続けた。
「さて、では私の方から話をしよう。日食についてだったな。ギリシアも勿論だが――古来より世界中で、太陽を神ととらえる文化があるだろう」
「ああ、お前――ヒュプノス自身、ニュクスの息子で、タナトスの弟だろう」
 それはつまり、太陽だけではなく、あらゆる自然現象を神と認識する下地があるということだ。俺が口にしただけでも夜、死、そして眠り。更に言えば、太陽神と言えば俺たちとしてはアマテラスが自然と連想されるが……。
「つまり、アレだな? 日食に合わせ、何らかの太陽神が降臨すると、そう言いたいんだな。普段ならそんなこともあるまいが、リアルワールドとデジタルワールドの境目に綻びが生じた現状、かつJの策謀でこの街にはそうなるだけの下地がある。アポロモンか、アグニモンか――」
「――ホルスモン、ネフェルティモン、あるいはバステモンかもしれないね。ともあれ納得のいく話だ。盲点だったよ、国外にばかり目を捕らわれていて、気付くのが遅くなった。情報提供感謝しよう。その太陽神系デジタル・モンスターが邪神であろうとなかろうと、イグドラシルの端末として、彼らがこの世界に紛れ込むならばデリート、或いは送還しなければならないからね」
 いささか心当たりが多くて対策が絞り切れない。無論どのモンスターが来ようとも、それが世を乱し、Jに労苦をかけさせるなら容赦はしないが。
 とりあえずの情報交換が終わり、結局は網を張って場当たり的に対処すると言う結論に至ってしまった。少しばかり気まずいような沈黙が流れていたが、定光が唐突に指を鳴らした。パチンという小気味よい音がリビングに響く。
「……ん? さっき四大元素って言ったよな?」
「あっ」
 Jが口元に手を当て、小さく驚きの声をあげる。俺も同感だった、火と土と水と風。水と風は俺たちが滅ぼし、土は恐らくその活動が確認できた。ならば残るは――。
「火の神性、ってやつ。そいつ日食のデジタル・モンスターなんじゃね?」
 たっ、確かに~~~~~~~~~。
 余りにもわかりみが深かった。
「J,火の旧支配者についての情報は?」
 定光からJに視線を移す。左眼を忙しそうに動かしているかと思ったが、その予想は裏切られる。彼女の左眼は一切動いておらず、むしろ瞳孔が開いていて、恐怖を抱いていることが明らかだった。
「……ない」
 苦々し気な口調。唇を軽く噛むようにして、彼女の白い手が少しだけ震えているように見えた。寒くもない筈なのに膝の上で震えているJの手に、迷わず手を重ねる。
「――ありがとう、落ち着いたよ。"火"の旧支配者についてだね。一言で言えば、情報がなかった。ここまでその存在に触れなかったのは、私が話題に出したくなかったからと言うのもあるのさ。
 私が知っているのはね、四大元素に相応する4柱の旧支配者が存在することと、火以外の3柱、そしてその眷属について……っ、だけ、なんだ。
 と……ともすれば、あの時、私のっ、目の、前に、顕れた、アイツこそ……っ、大いなる理を名乗るアイツこそっ、火の神性なのかも、しれないと……っ」
「いいっ! もういい、それ以上喋らなくていい」
 ウェンディモンと遭遇した晩、真実の一端を俺に語った時のように震え、錯乱しかけたJを抱き締める。細身の身体が、先日まであれほど疑いを捨てきれなかった不遜な彼女のことが、今はこんなにも愛おしく儚い。彼女の背を摩り宥めるさながら、胸の裡のデュランダモンに尋ねてみる。今のコイツなら、何かしら情報も答えてくれるだろう。
『(いや……ふがいないが、Jがイグドラシルの根元で目を覚ましたというその時、僕は死んでいた。正直、なぜ死んだのかもわかっていない。サタンモードとの戦闘で著しく疲弊していたことは否めないが、それでもあの時の僕に勝るデジタル・モンスターなど数えるほどもいない筈だったのに……)』
 返答は苦渋に満ちた声色で。Jにこんなトラウマを植え付けた何者か――"大いなる理"に対する強い嚇怒も含め、持っている情報も俺と同じレベルのようだった。
「……悪いな。知っての通り、この話になると不安定な奴なんだ。せっかく来てもらって何だが、少し二人にしてくれ」
「ん、オッケ。行こうぜ、アルゴモン――アルゴモン?」
 立ち上がって背を向けた定光とは対照的に、旧神はソファの後ろで突っ立ったまま動かない。顎に手を当てて思案顔で、忌々しいものでも語るかのように口にした。
「火の旧支配者ならば、知っている。厄介な存在ではあるが――そのように御身が怯えるほどのものではない。ご安心なされよ」
「は……?」
 理屈は通る。アルゴモン・ヒュプノスは歴史の生き証人だ。リアルワールドにおける太古の情報ならば、やつがそれを知っていて、イグドラシルのログに残っていないことも頷けなくはない。だが、風・水・土――他の3柱の情報が残っているのに、火の1柱だけが名前すら残っていないなんてありえるだろうか?
 それはまるで、何者かが意図的に情報を改竄したかのようで、それができそうな存在のことを、俺は又聞きながらに知っている。"大いなる理"――俺がその存在の介入を強く確信する中、アルゴモン・ヒュプノスは語り出した。
「その神の名は、クトゥグア。地球からは27光年離れたフォマルハウトという恒星――君たち風に言うならば、テュポーンに追われたアフロディーテが姿を変えた、みなみのうお座の一等星か。その中に棲んでいる。
 何故知っているのか……と言う顔だな。だが知っていて当然だ。ギリシアの眠りの神にして旧神、ヒュプノスたる私は、奴と激しく争っていたのだから。クターニッド、ノーデンスらと共にクトゥグアと対峙した私は、甚大な被害を被りながらも奴に放射能を浴びせることに成功した。発狂した奴はフォマルハウトへと逃げ帰った……。
 クトゥグアを追い返したのち、我ら旧神は残る3柱とも熾烈に争い、滅ぼす事こそできなかったもののクトゥルーを都市ルルイエごと海底に沈め、ツァトゥグアをクン・ヤンよりも更に深い地底世界ン・カイに封印し、ハスターをおうし座のヒアデス星団に追い返した。ほぼ相討ちになるかのように、私たち地球古来の神々も眠りに就いたがね」
 またしても、信じ難い情報のオンパレードだった。俺も定光も、ましてやJとデュランダモンでさえ気圧されている。そんな俺たちを他所に、アルゴモン・ヒュプノスはJに慈愛に満ちた微笑みを見せる。
「ですから、火の旧支配者は御身が恐れるような存在ではありません。相当な難物ではありますが、狂いに狂った奴に、"大いなる理"とやらのような理性的な振舞いはできますまい」
「なる、ほど……」
 苦虫を噛み潰すかのように、Jは太古の地球の物語を飲み込んだ。
「むしろ問題は、放射能が今の奴にどう影響しているかです」
 懸念は尤もだ。神格の言う"放射能"が俺たち現代人の知る原始だの電子だのが発するαだのγだの名付けられている線と同じものである保証もないが、胎内の人体にすら影響しうるそれが、異星の神を変質させかねないとも限らない。
「ああ。だがこの街の異形は、誰もが皆デジタル・モンスターになる。それこそコイツのように……だろ?」
「卵が先か鶏か先か。神格の存在とデジタルワールドの存在、どちらが先に在ったとかは置いといて、デジタル・モンスターが相手なら俺たちに負けはない」
 なにせ俺と、デュランダモンと、Jがいる。胸の内に潜むコイツの戦意が、闘志が伝わってくる。
 地表に迷い出たデジタル・モンスターを送還するのがイグドラシル・Jの仕事で、それを朽ちたイグドラシルの代わりに命じたのが"大いなる理"であるならば。Jの策にはまり、蛙噛市に顕現した旧支配者どもを殲滅すれば、かならず何らかのアクションがあるに違いない。その時こそ――。
「その時こそ、ああ誓いを果たそう。Jを傷つける者は許さない」
 ましてや、今度は傲慢の超魔王との前哨戦などないのだから。今度は新しき友と、旧き人類の友さえ傍にいるのだから。
 至高のLegend-Armsとして、二度の敗北など喫さない。きっとそのために、俺は繰り手と剣、その二つの姿を得たのだから。
 

 漲る闘志が空気すら裂いていたのか、やや引き気味の笑みを浮かべて定光は帰宅した。最早宮里家などアルゴモン・ヒュプノスの腕の一振りで崩壊させられるだろうに、未だにそうしないのはヤツがあの家を欲しがっているからか。それとも一般の人倫か。
「反抗期を続けた先に彼が望む世界はなんなのだろうね? 君の言葉で閉塞した未来を打開したのなら、希望まで無形の暗闇ではあるまいに」
 ソファで隣に抱き寄せたJが、こちらを振り向く。エメラルドの瞳に映る俺の顔は、果たしてツェーンなのか、デュランダモンなのか。どちらでも構わない。愛しく甘美な髪を撫でながら続ける。
「さて、な。そこは俺にも分からん。俺とアイツの関係は、俺とお前とも、俺とデュランダモンとも違う。どちらも互いに救い救われたし、アイツが俺を信じてくれたように、俺もアイツがその程度の男じゃないと信じてもいる」
 俺の影響で宮里定光が変わり、その責任を果たせと言われた。ならば俺は確と有羽十三のままで在るし、アイツのおかげで有羽十三が前世の己に認められたのだから、宮里定光は俺にとっても永劫輝く標に違いない。ならば俺が誇りに思うアイツが、もう自分の未来から目を逸らすことなどないだろうと確信している。
 それでも。
「それでも、アイツを一番理解できるのはアルゴモンだろうよ。例えヒュプノスの部分がノイズになろうとも、アルゴモンの魂は、宮里定光を何より大切に感じるだろう。パートナー関係ってのは、そういうものだろ?」
「そう、だね。君がそう信じるほどの男なら、私も好意的に見るとしよう。……そもそも私たちの不始末のとばっちりで、彼が得られる筈だったパートナー関係を崩してしまったことに負い目がないと言えば嘘にな――っ」
 それを踏まえて、大丈夫だと。言葉を遮るようにして。
 自分と前世の境界が曖昧なわけでもないけれど。
 前世の分まで、Jの唇を奪った。
「ちょっ、ツェ――んんっ!?」
 驚いて逃げ出そうとするJだが、もう逃がさない。もう離さない。これ以上話させれば、どんどんネガっていくだろうお前。
 Jに隠し事はもうない。確実に前世とのつながり――即ちJとのパートナー関係も含めて全てを取り戻した以上、彼女に対する違和は微塵もなくなった。
 彼女のパートナーの身体はもう刃じゃない。もの言わぬ無機質な剣としてではなく、生身の身体をもって彼女と触れ合える。
 俺が転生して、再会に至るまで。孤独な戦いを続けてきたJに、少しでもパートナーの存在を感じさせてやりたい。ねぎらいたい。全てを明かしたJはとても小さく見えて、この矮躯にどれだけの重圧とどれだけの傷が加わったのか想像するだに腑が煮えくり返る。
「J、大丈夫だ。余計な心労をかけさせて悪かった。定光なら絶対に大丈夫だし、そのパートナーなんだからアルゴモンも大丈夫に決まってる。俺の友だぜ? お前のパートナーである俺の、その友達なんだぜ?」
 Jの肩に両手を置いて。細い肩から、やや低めの体温を布越しに感じる。
 初めは翠眼を驚愕に見開き、次いで透き通るような頬に朱が差して、そして終いには、泣き笑いのように瞳を細める。そんなJの百面相を内心楽しみつつ。
「ふふっ、なんだいツェーン。さっきから大丈夫大丈夫と、まるで根拠が成ってないよ。まるで子供をあやすみたいだ」
「それだと俺は娘の唇を奪った鬼畜親父になるんだが……まぁ、この際置いとくか。とにかく、俺とお前が揃ったんだ、なんだってできる。お前が"ツェーン"に、最初に言ったことだろ? お前が背負ってきたもの、もう一度一緒に持ってやるから、さ」
 再びJを胸に抱き寄せれば、今度は抵抗という抵抗もなく。
 しばらくの間そうやって、俺たちは再会を祝していた。


 それからどれぐらい経っただろうか。俺たちは強大なエネルギーを察知し、どちらともなく目を覚ます。
「無粋な話だ――ツェーン!」
「分かってる、迎え撃つぞ」
 寝室の扉を蹴破らんばかりに開き、寝込みを襲われた武士さながらのスピードで抜剣しつつ玄関の外へ。Jは窓から飛び出し、竜帝のカレドヴールフを以て屋根の上に陣取った。陸と空をカバーして、海域でない蛙噛市ならばこれが万全な警戒態勢の筈だ。だが俺たちの警戒を嘲笑うかのように、気配の主は顕れた。
「どうした、二代目Jよ。この我に其処まで敵意を向けるとは――心外だなァ? 千年の安寧を得るために、貴様に他の魔王どもを滅する助力を与えてやったのは誰だったか」
 突如として天高く火柱が立ち昇る――違う、これは天から大地に向けて放たれたものだ。深夜の路地を煌々と照らして、瞳を焼く火柱が燃え盛る。地獄を凝縮したかのような底冷えする邪炎の眩しさ、思わず辺りが昼になったのではないかと錯覚するほどだった。だが、親し気でからかうようなその声色には一切の敵意を感じない。
「何故、貴様が此処に居る――ベルフェモン」
 いつでも飛び上がれるように警戒を解かず、低空を浮遊するように俺の隣へ降り立ったJがその真意を詰問する。それは小説『デジタル・モンスター』にて彼の魔王の結末を知っている俺にとっても、魔王を殲滅してしまったことで迎えたJの地獄を知るデュランダモンにとっても、そしてJ本人にとっても何より疑問なものであった。
「怠惰の魔王は――嘗て確かに、滅びたはずだ!」
 氷の火柱は次第にその勢いを衰えさせる。薄暗闇に包まれた静寂の中で、魔王の剛体が姿を顕した。
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