一回でもメイク落とした奴は脱落者 - ぱらみねのねどこ

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一回でもメイク落とした奴は脱落者

「ま、アイツ、髪の色については断じて譲らなかったけどな。ああ言うのも魂が輝いてるって言うのかね」
 自分で決めて、自分に従え。俺にとっては、それが十三が教えてくれたアルカディアだ。
 だから今度は、俺がお前を連れていく。お前の魂を、元々あった遥かな空へと。過去の遺物どもが齎した、お前を地の底に繋ぎとめる足枷を、俺が外してやる。
「いいかっ――耳かっぽじってよく聞きやがれ、このクソボケ! お前ら両方のことだぞ、両方!」
 傍の女が泣き晴らした目で、呆然とこちらを見ている。アルゴモンがぎょっとした表情を見せた――ように見える。クルウルウは人間を見ていない。
 そして偉そうに輝くあの毒々しい黄金は、俺に一瞥もくれなかった。正直カチンと来たが、あの男ならきっと聞いていると信じて叫ぶ。
「いつまで引きこもってやがる! まだ寝てるなんて言わせねえぞ、この女はとっくに目ぇ覚ましてんだ!」
 前世がショックだったかよ。Jに対して抱いている感情が、そこのデジモンの感情に由来するのかもと思ってるんだろう。髪色のこだわりだって、そいつのJを求める想念がそうさせたのかもな。
 ああわかるぜ。俺も定国みたいになるのは怖かったよ。自分の思想が自分のものじゃなくなるのは怖い。まして、お前のそれは幼少期からどころじゃない。前世からの刷り込みだ。以前の俺とは比べ物にならないのかもしれない。
 けどな――俺なりにアレンジしてこの言葉を送るぜ。
「振って湧いた宿命なんかに、どうして縛られる必要がある! 前世、なんてその最たるものだろうが!!」
 俺を救ったお前がその思想を貫けなくてどうすんだ、俺まで救われねぇだろうが!
 責任を取りやがれ、責任を!!


「そうだ、お前はそういう奴だった」
 俺がそうしたんだ。俺もメイクを落とさないように生きたかったから――ちょっと危なかったが、コンサート中のメイク変更ぐらいに思って欲しい。
 その言葉を覚えている。あの時の会話は今でも輝いている。
 ゆえに今、ああこのときこそ、責任を果たそう。
「運命に抗うか、自分で決めろって言ったのは俺だよな。心配するな、思い出したぜ」
 俺の魂は――少なくともデュラモンのそれとは別に確として存在する。そして皮肉なことに、今こうして完全にデュラモンと分離された俺は未だに"J"を好いているし、そう在ることを辛いとは一切思っていない。
 それも当たり前のことだろう、何故なら――。
「寄越せ、デュラモン――!」


 ――異なる他者とのかかわりで、自らを規定していく。それが人間と言うものだ。
 そこに責任はあれど嘆きはないが、俺が定光を今のヤツに変えてしまったように。
 有羽十三=ツェーンという人間の根幹に、生まれる前から縁のあったLegend-ArmsとJがいる。
 それを、我が身は傀儡なり――と嘆くような卑小な精神は、ああ。
(助かったぜ、定光」
 自らの根底にある俺を光明と為し、光に変えたこの男の前で見せるには余りにみっともなさ過ぎる。
「心を決めるのが遅すぎる)
 再び剣の形に姿を変えるデュラモンの、去り際の口の悪さに思わず苦笑するが、次の言葉でコイツの印象を大きく改めた。
(好きに振るえ。僕の全力を振るうことを――まぁ、許可してやる)
 ツンデレアームズかよ。インテリジェンスツンデレソードかよ――そう言ってやると、今の一瞬で進化を遂げたデュランダモンは俺の裡でふて寝でもしたかのように黙りこくった。
「さて――待たせたか? 二人とも」
「おう、待ったぜバカヤロウ」
「ツェーン! ツェーン……君なんだね?」
 元々デュランダモンが飛んでいたのは、クルウルウの頭上。俺には飛行能力までは付与されないようで、重力に従って足元のぶよぶよとした足場に着地する。
 クルウルウは頭上で触手をなぎ払い、急にサイズダウンした頭上の羽虫を駆除しようとするが、それは人類に味方する神性が食い止める。
「ああ、俺だよ。ちなみに定光。俺はこの女に性癖全部筒抜けなので、お前の決死の説得の一部は既存情報だ」
「マジかよ勇者かお前」
「文面上のやり取りだとありゃ男にしか思えんわ」
「なーる」
「なに納得してるんだいツェーンはともかく君はぶん殴るぞ」
「ひぇえ、差別反対。許してクレオパトラ」
「ええいお前たち、デジタル・モンスター化でこの惑星の理に寄っているとはいえ、単騎で世界を滅ぼし得る神格を前に呑気な会話をするな……!」
 晴れ晴れしい気分で雑談に興じていたのに水を差されてしまったが、まあアルゴモン・ヒュプノスの言うことも尤もだ。
「オーキードーキー、じゃあ"不滅の刃"のお披露目といこう」
 究極に至ったLegend-Armsをクルウルウの頭上で構える。
 全てを断ち、決して折れず、伸縮自在な聖剣、それがデュランダル[Durandal]。それが完全を超え、窮極に再び辿り着いた以上――世界を滅ぼす災厄など、既に幾度となく斬ってきた程度のものでしかない。
 図に乗るなよ、別惑星の邪神。
「トゥエニストよ――斬り裂けぇッッ!!」


「……回収さんきゅ」
「ああ、ツェーン、ツェーン! よかった、君が無事で……!」
 ちょっと調子に乗っていたので、クルウルウをぶった斬ったあとのことを考えていなかった。海産物系ではなく植物系の触手に回収してもらい落下死というくだらない結末は逃れたが、目下問題が二つあり俺はとてもげんなりしていた。
 ひとつはめっちゃ汚れたこと。ダゴモン→クルウルウの身体を再度両断してやったのはいいのだが、もう俺が斬っていくのが先なんだか体内に落ちていくのが先なんだかさっぱりわからんぐらいの巨体のおかげで全身べっとり粘液塗れだ。レアモンを忌避していた筈のデュランダモンも。直剣の形と成ったデュランダモンに意識を向ければ、表に出るつもりはないようながら憮然としているのは理解できた……と、ここまではいいとして。
 もうひとつは、3人とも砂浜に降ろされた直後から、Jがめちゃくちゃ抱き着いてくることだ。いやわかる、わかるよ。定光との大喧嘩はデュラモンの中で見ていたから。その気持ちが本心であることも、俺がそれを受け入れて何も問題ないこともわかる。これまでの俺や定光の危惧も……まあ流石に彼女の取り乱しようを見たら晴れるというものだ。定光のアホが口笛を吹いて囃し立てるのもまあいいだろうあとで一発殴るけど。
 しかし……ぶよぶよした肉塊が全身に付着したままの俺に抱き着くものだから、Jの顔や髪にまでそれがくっついてしまう。抱きしめて頭を撫でてやりたいと思うのだが、俺の家で普通にシャワーを浴びたことからも、イグドラシルの権能でなんとかできるのは服だけだと推察できるので非常に悩む。
「とりあえず……戻るか……」
 後から聞くと、苦笑を浮かべた俺の口から初めに出たその声は、随分と疲労が滲み出たものだったらしい。
  

 アルゴモン・ヒュプノスのハッキングによってゲートの座標を変更し、海底都市イハ=ンスレイへの直通路を閉鎖すると共に蛙噛市へと帰還した。正確には理が違うため、正確にはデジタル・モンスターによるハッキングではなくヒュプノスによる神秘らしいが、詳しくはわからない。
 時刻はどうやら深夜。濃密な時間だったが、12時間も経っていないようだ。
 帰宅と同時にアルゴモン・ヒュプノスは姿を消す。再び情報収集の体制に入ったようだ。俺たちはと言えば、3人が3人ともぐったりとしたまま、俺の家のソファーにバスタオルを敷いて座っていた。
「流石に、疲れたな……」
「だねえ……お風呂でこの粘液を洗いっこしようとか……提案する気力もない……」
「……いや、言ってんじゃん……」
「悪い、帰ってきたらドッと疲れて、茶化す体力ねぇや……」
「いいよ……茶化すのは義務じゃないだろう……?」
 体重をクッションに預け、のんべんだらりとした時間を過ごしているとインターホンが鳴った。それも何度も。しかも最後の方はメロディーを刻んでいる……どこかで、聞いたことのある音なのだが……、はて。
「定光ー……出てくれ……」
「いや家主が行けよ……」
「めんど……いや、おまえが一番汚れてないし……」
「てめっ……まあ……そうだな……」
 些細なことに拘泥する体力もないのか、定光はのっそりとした動きで玄関に向かった。鍵を開けたのだろう、客人の声が聞こえてきて、先ほどのメロディーの正体に気が付いた。
「おん? あれれ……? ここ有羽の家じゃなかった? いやでも宮里家にしてはちっちゃいしな――ってYO! YO! YO! 宮里家のぼっちゃんじゃwwwwwwんwwwwタバコ吸うなら家の中で吸うもんじゃないぜwwww家ではママンのおっぱいでも啜ってなwwwwん? あれ? おっぱいって啜って良いの? 吸うもんじゃね? わっかんねーwwwわっかんねーwww僕独身貴族だからわっかんねーwwwww。あ、ぼっちゃんこれからもどうぞタバコ屋としてウチのコンビニをごwひwいwきwにwwwwwwwwwバタン」
 コンビニの入店時洗脳用BGMだ……。近所迷惑と言って申し分ない声量で騒いでいる店長の声がする。さてはあの野郎酔っぱらってやがるな。定光の冥福を祈っていると、意外にも早く終わったって言うかあの酔っぱらい「バタン」って言いながらドア閉めたぞ……何しに来たんだ……。
 店長の来訪で猶更憔悴させられた俺たちは、生気の抜かれたような顔で帰ってきた定光をねぎらい、Jに服だけ変えて貰ってそのまま雑魚寝した。イグドラシルの権能、クソチート過ぎる。


 インスマスの探索からおよそ一週間。一応毎日J及び定光・アルゴモンペアと街の探索や情報交換をしていたが、デジタル・モンスターの影を匂わせる影は見つからなかった。
「平和な日々だねぇ……久しぶりに落ち着いて過ごせるよ」
 Jは最近"放課後の付き合いの悪いやつ"という認識が広まったようだ。朝夕、俺や定光と一緒に登下校しているところから、パリピの民どもも学校以外では寄ってこなくなった。Jは流石に演技力抜群なだけあって、ロールプレイ上の"J"も素のJも学校では見せていない。
 そんな"ちょっと変な優等生"レイラ・ロウは、放課後に俺たちがオフ会をしたレスファミでそう言った。銀色のスプーンでマンゴープリンを口元に運んだ優雅な手つきに目が吸い寄せられる。
「むむ、どうした? ツェーンも食べたいのかい」
 視線に気付いたか、だが残念だったな。俺の視線はマンゴープリンに向かっていない、貴様の余りにも綺麗な細腕に目を奪われていたのだ。などと内心でカートゥーンの様にBAAAAAAAAANN! とか効果音出していると、Jはスプーンに掬い取ったぷりんを満面の笑みで差し出してきた。
「マンゴープリンをお食べ?」
「落ち着け@PD_otabe!」
 周囲の殺意がヤバい。俺らの服装が制服のままなのも相まってマジでヤバい。というか一番殺意やばいのが俺の胸の裡でマジパネェほど震えてるインテリジェンスツンデレソードなのだが。Jだけじゃなくて俺にも常時デレてくれ。
「ふふっ、冗談さ。君が私の腕に並々ならぬ執着を抱いた視線を向けていたことは知っているよ――?」
 プリンを自分で咀嚼するJの言葉で周囲の視線が別物に変わる。しかもドヤ顔で黒セーラーの襟元から肩を覗かせるものだからリアルコキュートスブレスである。
「別の意味で空気凍らせるなよ、マジで」
「あはは、ごめんごめん。でも君の趣味に合っただろ?」
「お前のそのムーヴは彼氏のエロ本を見たエロ漫画世界のカノジョぐらいしかしないと思う」
 第四の壁がどこにあるのか混乱しそうなシチュのアレ。
「私は君の理想の女になりたいんだ、幻想の女ぐらい簡単に越えて見せるぞ」
 そして帰ってきた返事がこれだよ。ややこちらを振り回すきらいはあるが、いい女にも程がある。そう思うと急に穏やかな気持ちになった。
「……なんだい? 雰囲気が変わったが告白かい?」
 そういや返事待ちでしたね君。
「いいや。お前は初めからいい女だよ……って言いたかっただけさ」
「うぇ、あ、え、ちょ、不意打ち、不意打ちは、ずるいぞツェーン……」
 作り物染みた白い頬が見る間に上気する。打たれ弱いところも可愛いぞ。
 そうして平和な時を過ごしていた俺たちは、次なるデジタル・モンスターに繋がる情報が既に街に溢れていたことに気付いていなかった。


 平和な日々はそうそう長続きしないもので、数日後、定光とJの二人から「異星の邪神」「デジタル・モンスター」の情報があると告げられた。まあこれまでの流れを考えると俺たちはきっと同じ標的を追いかけているし、情報も多面的に仕入れた方がいいだろう。そう考えた俺は、面倒なので同時に話をしよう――と言って休みの日の朝から俺の家に集合させた。
「うぃっす、お待たせー」
 俺が反応するよりも早く、前の日から泊まりやがったJが我が物顔で迎え入れた。
「ああ、構わないよ宮里君。少し待っておくれ、お茶を用意しよう」
 ……こいつ最近俺よりキッチンに立つ頻度高いんじゃないかな。奴の足取りが感情を反映しているのか、楽し気に揺れるJの銀髪の先端をぼーっと眺めていた。
 暖かな湯気を立ち上らせるカップが4つ並べられたところで、定光の影よりぬっと顕現したアルゴモン・ヒュプノスとJがほぼ同時に口火を切った。
「天文学には明るくなかったかな? どうやら、日食が近いらしいな」
「アメリカ大陸のオクラホマ州に、不可思議な爆発跡があったらしい」
「「「――えっ」」」
 ……どうやら、次なるデジタル・モンスターも一筋縄ではいかないらしい。
 
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