聖剣転生 - ぱらみねのねどこ

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聖剣転生

 定光に連れられて地上に上がる。一応、俺が先ほどいた地下室とY軸上の位置は同じだろうそこは、どうやら礼拝堂の様な場所だった。
「これは……?」
「偶像崇拝の対象さ。父なるダゴンと、母なるハイドラだ」
 黒い筋の入った灰色の巨岩を削り出して作られたそれらは、まるで祈りをささげる信徒を見下すかのように鎮座していた。
「お前が無双ゲーしてる間、俺たちはシティアドしてたのよ。その結果分かったことだけど、ここはマサチューセッツ州マニューゼット川の河口、インスマスっつー立ち入り禁止のゴーストタウンだ」
「失礼な俺だってシティアドしてたわ。手記の一つもなかったけど」
「そりゃ残念。スタート地点が悪かったか? とにかく俺らは町長の家――マシュ家に乗り込んだ。まあ完全にとち狂った深きものしかいなかったけどな……っと、そこの段差気を付けろよ」
「おっす、どーも。マーシュの名なら見たわ。倉庫街に無数に倉庫持ってたな。富豪かと思ったら町長だったのか」
「あ、マジ、倉庫街行ってた? マジックアイテムとかあるらしいんだけど目録とか見てない?」
「この状況で正気で言ってんのか。でも俺そんじょそこらのアーティファクトよりやべー装備持ってるしな……」
「あーそれなー、いいよなぁー。なんでも斬れんだろ? 拘置所からパクってきた俺のショットガンと交換しない?」
「するわけねーだろ。ひったぱくぞコノヤロウ。いやお前らやっぱズルいわ。情報アドバンテージ半端ねーもん」
 まだ眠ったわけではないし、流石に今日のことは知らないようだが。それにしたって話してもいないことを無条件に察せられるのは些か居心地が悪い。
「その件については誠に申し訳ないと思っている。誓って悪用はしていないし、我々も必要に迫られての行いであると理解して欲しい」
「分かってる分かってる」
 アルゴモン・ヒュプノスの謝罪におざなりに返しつつ階段を登り、目的地に着いた。説教台の設えられた教会のホールだ。信徒が座るであろう木の椅子にどっかと腰かけた。
「ここは、ダゴン秘密教団本部。俺たちが探ってた奴らの本拠地さ」
「ここが安全な場所か? まあ音は外に漏れなさそうだな」
「うんにゃ、全然違う」
「訴訟も辞さない」
「……あまり漫才を続けないでくれ。自分の常識を疑いたくなる」
「眉間の皺だいじょうぶ? Jのおっぱい揉む?」
「いや」
「貧乳すぎて」
「「揉むとこねーだろ!」」
 「ゲーハッハッハ!」だの「ダーハッハッハ!」だのを続けながら立ち上がり、ホールの隅の階段を登っていく。繋がっていたのは廊下などではなく、何やら金属製のロッカーが並んでいる部屋だった。天井はアーチ状で、珊瑚と岩からなる建造物で構成された想像上の都市が描かれており、その光景は天井を伝い隣の部屋まで続いていた。
 隣の部屋とは扉がなく、緑色のカーテンが幽世のごとく揺らめいて遮っていた。定光は容赦なくカーテンを横切り、アルゴモン・ヒュプノスもそれに続く。
「この奥だぜ。ちょいとこいつは今までの俺らの経験とも格が違う」
 ロッカールームと一繋がりになっていたこの部屋は、天井のみならず床から壁まで全てに珊瑚の都市が描かれていて、遠近方の妙技や、それをも解さぬ後方のダゴンの描写には、まるで自分がこの都市の中に居るのではないかと錯覚するほど見事な絵画だった。
 だが、美術感の共有は定光の目的ではないだろう。その目は未だ、にやけ面と共に細められている。ウザロン毛野郎の手が自然に伸び、手前の建物に描かれた戸口のトリックアートを暴き出した。
「一名様、海底都市イハ=ンスレイにご案内~い」
 軽薄な声が、未知なる海底都市へと誘った。


「さて、何から話したもんかね」
「言っとくが、俺には情報はないぞ。地下洞窟で遭遇した以上、お前ら以上のことは絶対に分からんと断言できる」
 トリックアートの扉からは、珊瑚の建物のいずこかへ繋がっていたらしい。開かぬようになっている窓からは深海生物じみた奇形化を遂げているがシーラモンやゲソモン、シェルモンにティロモンなどが泳ぎ回っているのが見て取れる。部屋の隅には下りへの階段があり、ここが建物の最上階にあたることが分かる。
「まず、俺たちはお前たちの反応が蛙噛市から消滅したのを見て、こいつぁいかんと追ってきたのさ。まあこんなとこまで繋がってるとは思わなかったし、転移先が別々だったのは誤算だったけどな」
 前髪をかき上げながらひひひと笑う。他人のプライバシー侵害に悪びれもしないが、今さら何を言っても無駄か。
「さて、ここイハ=ンスレイはインスマスの街より数百フィートの下にある――あぁ、俺メートル換算できないけど――海底都市だ。1830年、オーベッド・マーシュっていう男がこの街でダゴン秘密教団を創設した。らしい。」
 未知なる海底都市ながら空気が満ちており、いかなる手段で密閉を保ち、いかなる目的でわざわざ深海に空気を用意しているのか疑問は尽きないが、定光が古びた手記を投げて寄越したので思考を中断した。
「それがオーベッド船長の手記だ。ざっと話すが、オーベッド船長はここイハ=ンスレイに繋がるチョーやべー海底洞窟"悪魔の暗礁"にて深きものと接触した。深きものについては、ここに生き証人がいるから後で聞いてくれ。まあ聞く相手は貧乳でもいいしな」
「貧乳は呼び方固定なのね。あ、うん、続けて」
「あ、深きものっつーのはハンギョモンな。アイツらはそもそもダゴンの仔だ。もともとインスマスに住んでた人間との間にガキつくって、瞬く間にインスマスを征服した。まあオーベッドが手引きしたんだろうな。最後のマーシュ一族ことバーナバスの手記によれば、町が滅んだ時にはどーやらアメリカ軍の襲撃があったらしいんだが詳しいことは残ってない」
「ま、仮にそうだったとしても筆まめさを発揮してる場合じゃないだろうしな」
「ああ。ともあれ色々言ってっけど、重要なのは深きものがデジタル・モンスターと融合しているってことだ」
「君と二代目Jの認識に則れば、デジタル・モンスターが変質したというべきなのだろうがね。ヒュプノス側にとってはそういう認識なのさ。知らずデジタル・モンスターという型の中に捕らわれている。恐らくはそれが意思の疎通すらできなくなっている理由だろうが……」
 ……ん? 待て待て待て。今なにか、重要なことをサラッと言われたような……。
 アルゴモン・ヒュプノスは意思の疎通と言ったな。今。
 確かに、現にアルゴモンと化したヒュプノスは会話をできている……ああいや、しかし彼は地球由来の神格だ。風の神性ハスターですら意思の疎通をできなかったところを考えると、奉仕種族の仔などには猶更不可能――いや、ハスターは"そもそもしなかった"のか。
「仔らすらデジタル・モンスター化しているのだ。少なくとも直接の縁のある父なるダゴンか母なるハイドラはデジタル・モンスター化していると考えていい」
 思考に埋没する暇もなく、アルゴモン・ヒュプノスのその言葉で小説『デジタル・モンスター』の一説が思い出される。世界観を広げるためのギミックかと思う程扱いは小さかったが、ディープセイバーズのエリアにあったという石碑。そこに記されていたダゴモンなる太古の完全体の情報が。
「特にルルイエに封印されているクルウルウと違い、彼らは海原のいずくかでクルウルウを讃えている筈だからな。恐らく彼らのどちらかがデジタル・モンスターとなり、深きものどもとのリンクを密接にした結果、ハスター降臨に合わせ蛙噛市に《門》を繋げたのだと推察するが」
「それなんだが、ヒュプノス。ダゴンについては心当たりがある。ダゴモンという邪神型の完全体がいた筈だ。作中で出番があったわけじゃないから、印象に残っていないかもしれないが――」
「いやいい、有羽十三」
 ダゴモンに関する僅かな知識を絞り出そうとすると、アルゴモン・ヒュプノスは穏やかに俺の顔の前に手を広げて静止を要請した。視線を向ければ、定光の顔も引き攣っている。
 無理もない。
「デジタル・ワールドの管理者のお出ましだ。本人から聞こう」
 俺たちが摩訶不思議なゲートをくぐりやってきたこの最上階に、Jは階段を登って現れたのだから。


「宮里君? 私の――私の! ツェーンにいかがわしいことはしていないだろうね!?」
「開口一番にそれかお前」
 いつの間にかいつもの黒衣に着替え、やけに俺の身柄の所有権を主張しつつアルゴモン・ヒュプノスにアルフォースセイバーを向けるJに、この場の誰もが動けずにいた……思わず突っ込んだけど。
 自分がこの場の誰からも猜疑されていることを知ってか知らずか、Jは薄い胸を張りながら言った。
「ツェーンと途中で遭遇することを期待して悪魔の暗礁を突っ切ってきたのに、終ぞ出会えない上に来てみれば何やらアルゴモンなんて怪しいデジタル・モンスターと同級生男子と密会中。これを疑わずにどうしろと言うんだ」
「うーん一切の否定要素がない」
 Jが本人の言う通りの存在、イグドラシルの代役で旧支配者と戦うだけだとしたら、J視点で確かに怪しいことこの上ない。そのムーヴに思わず毒気を抜かれかけるが、教室にて夢世界での定光たちとの作戦会議を意図的に邪魔されたというのは確信が持てている。気を引き締めなおしたところで、定光が口を開いた。
「俺らも協力させてほしいね、ダゴン討伐とやらに」
「……なんだって?」
 俺に腕組みしつつ定光らから距離を取っていたJが、思いも寄らなかっただろう提案に眉を挙げた。
 そもそもこの状況、まだJは水の神性クルウルウとその眷属共について俺に語っていない。だがインスマスで単独行動した以上、表立ってそれを指摘することもできるまい。ヒットだ。えらいぞ定光100万年無税。内心でほくそ笑む。
「見ての通り。俺にもパートナーデジモンがいたんでね。大親友とそのカノジョさんの身を案じて着いて来たワ・ケ。事情も大体聞いたしね」
「悪いなJ。いつもお前から聞いてばかりじゃ、男の沽券に拘るんでな。自分でも調べさせてもらったぞ」
 調べたけど俺じゃなんも分からなかったけどな! 悟られないように即興連携をしつつ虚勢を張るも、続くアルゴモン・ヒュプノスは思いもよらぬ演技を為した。
「……そういうことです。聞けば、世界樹イグドラシルの端末であらせられるとのこと。御身に助力を為せる光栄、感激の至りです」
「「!?」」
 あっぶね。思わず動揺を表に出すところだった。あくまでも"アルゴモン"として接するということか。彼の正体が"ヒュプノス"であり、裏世界にあるイグドラシルよりも旧支配者に関する情報アドバンテージがあるのは、確かに伏せ札として十分だ。
「……それなら否はないよ。頼りにさせてもらおうか、アルゴモン」
「微力を尽くしましょう」
「さて、実はダゴモン――ダゴン招来の術は地上で仕入れてあるんだが……ここでは如何にも分が悪い。彼らについての講義及び情報交換がてら、陸に上がろうじゃないか」
 その後、階段を下りて悪魔の暗礁を突っ切ろうとしたJがダゴン秘密教団直通のゲートをくぐった後「馬鹿な、こんな裏ルートが……」とうなだれてorzしていたなどはあったが、ともあれ無事地上に出ることはできた。
  

 さて、マニューゼット川の河口、大西洋沿岸部において。
「イア! ダゴン! わたくしJは、決して深きものの活動を妨害せず、また他言しないことを厳かに誓います。 イア! ダゴン!」
 Jが朗々とダゴン秘密教団の第一の誓いを宣言する。カンペ見ながら。
 ――ダゴンと戦うことになるとは思っていたが、こんなに早く、しかも本拠地でとはね。どう接触したものかと考えていたが、逆に僥倖だ。
「なんと強引な手段だ……」
 アルゴモン・ヒュプノスが頭を抱えている。なんかごめん、変な人間ばっかで。だが憐憫の意図とは別口で、俺もまた彼に同意する。
「イア! ダゴン! わたくしJは、求めに従い深きもののために全力を尽くし、わたくしに求められたどんなことでも行うことを厳かに誓います! イア! ダゴン!」
 ――教団のイニシエーションでもある三つのダゴンの誓いを宣誓した上でそれを反故にすれば、激おこしたダゴンがやってくるだろう。
「滅 茶 苦 茶 に も 程 が あ る」
「うーす、ハンギョモン一匹お待ちー」
 定光がいい感じに気絶させた深きハンギョものを連れて来た。
「あ、宮里君それこっちに貰えるかな?」
「あいよ」
 ぽいっと放り投げられて、Jの足元にべちゃりと落下。俺も細切れにしたりはしたが、些か哀れではなかろうか。
「……Warte einen Moment」
 薄い唇からいきなり御国言葉が出てきた。多分ちょっと待ってね的な意味だと思う。
「はい?」
「……乙女的に三つ目の誓句は言いたくないんだよね。深きものと結婚するとか書いてあるし」
 まぁいっか、と呟き、Jはアルフォースセイバーを現出させる。哀れ深きハンギョものは哀れな犠牲となった。
「話には伺っておりましたが、見事なものですな」
「手慰みだよ。ツェーンのLegend-Armsの方が余程頼りになる」
「ちょっとマジで俺のショットガン誰か交換してくんね?」
「お前は何故そんなに好戦的なんだ定光……」
 軽口を交わし合いながら、視線は油断なく水平線を見張っている。誰一人として、Jの告げた通り、ダゴンが招かれ来ることを疑ってはいない。
 以前切り払ったはずの霧が深まり、否応なく"何か"の出現を予感させた時、不吉なごぼごぼ言う音と共にタコに似た頭部が現れる。津波もかくやと言う程の衝撃を沖合に起こしながら、そこから生える無数の触手を四肢の様に強引に束ねあげた青色の巨体が姿を見せた。遠海にいながら誇らしげなまでのサイズの威容で、細長い背中の翼を赤黒く輝かせながら、ひと声大きく吠える。それだけで、精神の奥底を揺さぶられそうになる。
「馬鹿な……」
 傍らでアルゴモン・ヒュプノスが呟く。その言葉は、ダゴモンの姿を見て、思わず、と言った様子だ。
「これでは、まるで、夢見るクルウルウではないか――!」
「何? ――っ、来るぞ、構えたまえ!」
 アルゴモン・ヒュプノスの発言に訝しんだJ。だが敵は味方同士の誰何を赦してくれそうにはない。水平線の彼方より超速で飛来する投槍が見る間に長大になり、その全貌を至近距離にして顕わにする。
 三俣、言うなればトライデント――それも特大の。打ち払うにも、回避するにも難儀する。だが斬り散らすならば俺には可能だ。
「定光!」「悪ぃ、頼む!」
「――カレドヴールフ! ツェーン!」「な、ちょ、待て、J――!?」
 アルゴモン・ヒュプノスが定光を抱え跳躍し、エグザモンのクロンデジゾイドの翼を背中に現出させたJは俺を抱える。居合の要領で振り抜いた黄金の剣は空を切った。思わず抗議。
「俺を抱えていたら戦えないだろう! 飛べるなら攻撃に専念しろ、俺は何とでもなる!」
「っ、いや、しかし君には回避手段がないし――!」
「喧嘩してんじゃねぇ、もう一発来るぞ!」
 特大のトライデントが巻き上げた砂塵で姿は見えないが、その怒声で我に返る。
「幾らLegend-Armsでもこの体勢じゃ無理だ、頼むから降ろしてくれ!」
「~~~っ。分か、った……どうか、無事でいて」
 二撃目を回避して俺を地上へ降ろし、Jは空へと舞い上がる。
 互いに疑っている場合じゃない。真面目に連携しないと全滅が見える相手だ。ハスターよりも格落ちするはずだが、物理的に攻撃が届かないのが痛い。
 俺一人なら集中力の続く限り大丈夫、定光もヒュプノスが守っているんだから大丈夫だろう。有効な攻撃が出来そうなのがJ一人しかいない。ナイツの武装が使えるのだから完全体には十分という見方もあるが、歴史の生き証人が驚愕して"外宇宙ゆかりの神性"と瓜二つだと告げた以上、尋常な相手と考えるべきでもあるまい。
「――ガルルキャノン!」
 こちらが三手に分かれた以上、投槍が牙を剥く頻度は三分の一になった。生み出された間隙を縫って永久凍土の砲撃が命中する。アクティブに動く山のような巨体が弾着地点から凍り付かせるも、ダゴモンは自らの触手で壊死部分を粉砕、そのまま寸刻の間に再生してしまう。
「っ、火力が足りないか」
「アンブロジウスは!? カレドヴールフがあるなら使えるだろう!」
「私が振るえるサイズにするとアヴァロンズゲートの威力が足りない!」
 竜帝エグザモンの槍では、サイズが下がれば特殊弾頭の火薬が不足するか。かと言って近接は余りにも不利だ。8本どころじゃない無数の触手を前に、Jの矮躯が幾らも耐えられようもない。元よりJ本人の膂力は人間の範疇を出ないのだ。
「定光、少々本気を出す。振り落とされるなよ……!」
「よっしゃやったれ!」
 今の光景を受けてか、砂煙の向こうで大地が震撼する。砂塵に影を落とす、全長50メートルにも及ぶだろう巨体。
「通過した場所を領域化して固定する、足場にしろ」
 顕れたその巨体はざんぶと波をかき分け海へ踏み込み、大地と海洋を踏み荒らす傍から茨の蔦が伸びてきてフィールドを形成する。その距離おおよそ幅10メートル。ダゴモンの攻撃回避には心もとないが、攻撃を無効化するだけなら俺は可能だ。実質、俺専用の足場と言っていい。
「デジタル・モンスター、アルゴモンのワームフェイズか。恩に着るぜ」
 究極体アルゴモン・ヒュプノスが引き起こす海原の大波にもびくともせぬ、頑健な足場を駆けて追従する。接近の合間にもトライデントが飛んでくるが、叩き落し、斬り払い駆け続ける。目指すは水の魔性、この海原を支配する首魁だ。
 2体の大怪獣が近接圏内に入ったところで、ダゴモンはトライデントを振るう方向にシフトした。まずは巨体の旧神をターゲットに捉えたらしい。蔦で編まれ、鎧装で覆われた脚が歩みを止める。
「ぬぅん……ッ。力比べといこうか……!」
「氷結がダメならこれでどうだ、ビフロスト……ッ!」
 重苦しい声色と共にトライデントが掴み取られる。得物を奪い合い、大怪獣共が物理戦闘を繰り広げるさ中、ダゴモンの背後から虹の架け橋を伴って光矢が襲い掛かった。矢傷を中心に、瞬く間に粘液質なタコ型の頭部の一角が蒸発する。総体より見れば僅かもいいところだが、再生も遅れているようだ。効果あり――熱は有効打の一つだろう。
《Cluuuuuuuuuuuuuuuuuuhuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!!》
「「「ッ――!」」」
 ダゴモンが悲鳴を挙げる。
 それはただの悲鳴と言うには余りに悍ましく、鼓膜を通り越し脳どころか精神を直接揺さぶるかのようなその"叫び"に思わず硬直した。旧神は健在のようだが、彼らに比して余りに脆弱な人間は致命的な隙を晒す羽目になった。
 幾星霜ぶりに感じただろう痛苦により狂乱したダゴモンは千本にも至るだろう触手を矢鱈滅多に振り回す――否、違う。奴の顔面、そこに浮かぶ醜猥な口腔から嘲笑を露わにした。
 奴の視線の先は、意識を失いカレドヴールフの自律制御だけでダゴモンと一定距離を保ち旋回するJ。間違いない、奴は狂乱のフリをしてまず一匹の羽虫を仕留めようとしている。
 だがダゴモンは冷静で、俺たちにもリソースは割かれている。襲い来る触手は数本なれど対処しなければ致命傷を負う。
「クソ、間に合わない……!」
「アルゴモン、頼む!」
「承知した」
 アルゴモンの片手で庇われている定光の指示で、彼は念を込め領域を意識的に拡大する。いくらカレドヴールフが竜帝の具足であると言えど、千の鞭は回避しきれない――ほどなく一本の触腕が黒衣の痩身をしたたかに打ち据え、竜帝の具足も術者の不在にその具現化を維持できず霧散する。
 アルゴモンの領域化により、冬の海面に叩き落されることはないが、さて落下の衝撃とは尋常ではない。受け身も五体投地法もできぬとあれば、それは一体どれほどのダメージだろうか。

 翼を喪ったJが茨の絨毯に激突し、鮮血を撒き散らしながらバウンドする。

 細い体躯をしならせて転がったJを見て、俺の意識は激昂した。
「貴ッ……様ァァアアアーーーーーー!」
 まだダゴモンは俺の間合いにいない。仮に届いてもガルルキャノン、ムスペルヘイムの二の舞だ。
 だがそれがどうした。両手に握るLegend-Armsが震える。俺の嚇怒に呼応する。大上段に、勇ましき黄金を握る。
 寄らば斬る。有形無形を問わず――否、寄らずとも斬る。
「トゥエニストよ――斬り裂けぇッッ!!」
 ダゴモンをも上回るサイズに延展した刀身[Duramon]が、一刀のもとに水の神性を斬り伏せた。
「Jッ、Jッ――!」
 残心の必要すらない。倒れ伏したJに駆け寄る。彼女の纏う漆黒を更に染め上げる血の香が、磯の匂いに慣れ切った鼻腔に新しい。
「――いや、まだだ。まだ終わっていない……!」
 だから、旧神ヒュプノスが告げる警句への反応が遅れた。
 膨れあがる邪気。ワームフェイズの足場を飲み込んで余りある大波。慌てたように俺とJを拾い上げる究極体アルゴモンの掌の中で、俺はその脅威と目を合わせてしまった。
「あ――――――――。」
 一瞥の後に邪悪と解せる肉塊。百メートルにも及ぶ体躯。体表のぬらぬらとした瘤と鱗。肥満気味に膨れ上がったゼラチン質の緑色……!
 デジコアごと両断した筈のダゴモンの肉を奪い降臨した旧支配者――!
《繝励Μ繝ウ縺九o縺?>繝斐ャ繝斐?貊?⊂縺?》
 テレパスで強引に伝えられる、意味の分からない言葉。オーボエの如きその音色に神経を逆撫でされる。動けない。その卑俗な構造から目が離せない。恐怖への対処で、至極真っ当な生体の反応で、意識が、遠、のく――。
(邪魔だ、どけ。お前が僕を握るならば、それでもよかったが)
 俄かに薄れゆく意識の水底で、俺は俺の声で話す何者かを認識した。
(お前が役に立たんとあれば、僕がJを護る」
 身体が作り替わる。
 ――我が両腕も、我が爪牙も、我が全ては剣なり。
 どこか他人事の様に感じる世界の中、俺の肉体が奪い取られる。、
 完全体デジタル・モンスター、デュラモンが空を駆けた。
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