第五話① - ぱらみねのねどこ

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第五話①

 ローマから帰還して約二年。ローマ法王は早急に代理が立てられた――尤も代理と言えど、飽くまで表向きにはカピトリヌスのままだが。黒瀬の消息は不明となっていたが、紋次達は諏訪原主導で、彼の用意した偽造戸籍とパスポートを持って世界各地へと飛び回り、未だ瓦解しない『教会』の各支部を攻め落としていた。イギリス。フランス。ドイツ。アメリカ。カナダ。中国、そしてイタリア――。凡そありとあらゆる先進国に深く根を張っていた『教会』から資料を押収し、それらを逐一検分していた。
 資料を検分する度に、ローマ行の直前に自分達の前から姿を消した、とある男に対する疑念が深まりゆく。そして、推測から確信へと辿り着いてしまった。

「黒瀬はクロだろう――ああいや、洒落ではない」

 紋次達が根城としている土地の一つ。ドイツはミュンヘンにあった『教会』支部の跡地で、数か月ぶりに一堂に会した三人は結論を下す。
 黒瀬。その名は偽名ではあるが、明らかに経歴の一致する研究者が、ほぼ全ての資料に認められる。極め付けに――。

「ああ。俺が奪ってきたこの資料――強制デジクロスについての研究資料だな――黒瀬の名前がそのまま載ってるし、その後の展望――ウィルス種撲滅計画の展望についても載ってる」
《あの野郎、ぬけぬけと俺たちの仲間ですみたいな面しやがってよ……!》

 ――紋次がイギリスの時計塔から回収してきた資料からは、これ以上ないまでに、黒瀬が『教会』中枢を裏から操っていた証拠が見つかってしまった。

「途中から覚悟はしていたけど――やっぱりショックね。レジスタンス活動も、私が勝手に舞い上がってただけだなんて……」
《仕方ないだろう。私たちと接触してきた時点で、あの男の計画は既に自動で完成する段階に至っていたのだ。それらしき――諸悪の根源らしき素振りなど見せるはずもない》
「全く腹立たしいことだな。私も貴様とあれだけ小競り合いしたのが無駄になってしまって苛ついているぞ」
《結局のところ、黒瀬に踊らされていただけということでもあるしな。見事に騙されてしまったものだ》

 黒瀬の思惑は明確ではない。『教会』を抜け出したのも、小夜と接触してレジスタンス活動を行ったのも、その動機は依然として不明。黒瀬と名乗っていた男について確定している情報は、『教会』の筆頭研究員の一人であり、加えて言うならば諏訪原にデジモンを殺されているという点だけ。

「しかし、私は確かにあの男のデジモンを殺したぞ」
《ああ。紛れもなく、トライデントアームで引き裂いたことは保証しよう》
「じゃあ、そのデジモンが実はアイツのパートナーじゃなかったって可能性もあるだろ?」

 諏訪原の言葉から判断すると、それは黒瀬の偽装のパートナー。あるいはそもそもパートナー自体持っていなかったのかもしれない。通常の価値観で考えれば、デジモンを持ちながらデジクロスなる邪法の研究を行うなどあり得ない。

「そうだな。そう考えるのが妥当だろう」
「……。……」

 それを皮切りに言葉が途切れ、議論がこれ以上進まなくなる。これ以上話を続けても益が無いと判断したのか、ブラックウォーグレイモンが声を張り上げる。

《ハン、直接会って聞いてみりゃいいじゃねえか。まだ潰してねえとこがあンだろ――?久しぶりに里帰りなんかどうだ?》

 日本には、諏訪原が脱出する際に首魁を屠った支部の他にも『教会』が幾つも拠点を用意していた。諏訪原と小夜に曰く、日本という国はデジタル・モンスター発祥の地であり、加えて20世紀の――数百年前の敗戦辺りを機にあらゆる宗教が入り乱れる国となったため『教会』も広く浸透できたのではないかということであった。
 土地に比べあまりにも支部数が多く、他の国――特に『教会』が完全に裏から支配していたかのようなイタリア――を攻めた時でも、紋次達三人の中から日本を攻めようという意見は出てこなかった。そして、黒瀬は未だ一度も見つかっていないことから考えると、恐らくまだ日本にいると考えられる。

「……だよな。日本だけは不気味なほどに音沙汰がない。他の所は教皇の一件でまだかなり騒いでいたってのに」
「ええ。そうね。恐らく教皇に代わる何かがいるんでしょう。二年前に飛び出して以来一度も立ち寄ってないけど、そろそろ戻ってもいいかもしれない」

 戻って、黒瀬を問い詰めねばならない。何を目指して自分たちに接触してきたのか、自分達の前から姿を消した真意を知らねばならない。彼がウィルス種の駆逐という二年前の計画から何を見ていたのか、それを知らねばならない。紋次達はそうした思いを抱きながら、日本への飛行機を予約した。

●●●●●

 その後帰国した彼らは数週間かけ、北からと南からに分かれて順に『教会』を攻め続けた。日本の最中心である帝都、その地下に龍脈に沿って張り巡らされた地下研究所の最奥――おそらくデジモンが顕現できるように異界化が施されていた――で、紋次達は黒瀬と名乗っていた男と再会を果たす。
 その男は地下研究所の最奥で、今なお様々な光景を映し出す――紋次達が戦ってきた痕跡も監視されていたようだ――多くのモニターに背を向け、粗末な椅子に座っていた。

「やあ。よく来たね。ここまで辿り着くのに二年超とは、少々慎重過ぎるきらいがあるんじゃないかな?小夜はもっと無鉄砲だったはずだから――誰かさんのおかげで落ち着いたというのも否定し難いが――諏訪原君、君かな?」

 台詞の途中で小夜から紋次、そして諏訪原へと視線を移していく黒瀬。その表情は笑顔のまま崩れない。

「ふん。違って欲しいと思っていた訳ではないが、やはりか……」

 最後に焦点を当てられた諏訪原は嘆息する。

「まあいいさ。『教会』を裏切り――運命の書を世に流出させ――メタモルモンを野に放ち――そしてウィルス種撲滅計画を用意し――全部、私が黒幕さ――私の方でも色々と準備ができた。まあ尤も、運命の書を流出させたのは私じゃなくて、私のデジモンなのだがね。それに紋次君を巻き込んでしまったのも偶然だ。まあ、君の存在は計画に大した影響は及ぼさないし――質問があるなら答えてあげるよ」
「じゃあ、貴方の目的は何なの?黒瀬」
「おっと。私はそもそも黒瀬なんて名前じゃない。まずはそこから教えてあげようか」
「おちょくってんのも大概にしろよ」
 おどけた様子で両手を広げた黒瀬(偽名)に紋次が食って掛かる。それでも彼は動じない。
「そんな怖い顔をしないでおくれよ、紋次くん。私たちは遠い親戚のようなものなのだから」
「は、親戚……?」
「その通り。私の本当の名前は曽呂 紋文(そろ あやふみ)なんだ。さて、私と同じ名字の曽呂君。君は二年前レジスタンス()のアジトで、パートナーデジモンを持ちながら、さらにマメモンを召喚して見せたじゃないか。複数のデジモンの同時使役だなんて普通はあり得ないことで、そこの諏訪原を除けば片手で数えるほどしか、そんな芸当ができるテイマーはいない。
 あれは君の才能がなせる技なんだ。古代の魔法王、ソロモンとしての才能だね」

 魔法王ソロモン。紀元前1000年頃生を受け、その類稀なる知恵と使役する72柱の魔神の力で、イスラエルを大きく発展させた賢王である。

「それが、俺とお前が親戚だってこととどう関係するんだ」
「私はね、ソロモンとしての能力を持つ者は、名前に『ソロモン』という読みが入るものだと考えている。

 そしてソロモンというのはね、数多のデジモンを従える、至高のテイマーの総称なのさ。史上初のテイマーがダヴィデ王の息子ソロモンであったと言うだけでそう呼ばれているがね。『教会』によって歴史から消されてしまったソロモンは、過去8人ほど存在したそうだよ」

 曰くアレキサンダー大王。曰く始皇帝。曰くアッティラ大王。曰くマグレガー・メイザース等――。凡そ神代から近代まで、『教会』の情報操作によりそうした偽名で語り継がれる偉人達。紋文に曰く、彼らこそがソロモンなのだそうだ。

「でも、ソロモン王が従えたのは悪魔よ。そもそも200年前に作られたデジモンを従えられるわけがないわ」
「そうだね。いい突込みだ。君の言う通り、原初の王――ソロモンが多くのデジモンを従えるものの総称である以上、便宜的に原初の王と呼ぶが――が従えたのは、神話では72柱の魔神となっている。
 しかし、しかしだ三人とも。一度考えてみて欲しい。その『魔神』の伝承がズィードミレニアモンを筆頭とした、時間を操るデジモンが過去に遡ったため成立したものだとしたら――?」

 自説を語り続ける紋文の瞳から、その真偽は窺い知れない。少なくとも、彼自身はその説を微塵の余地もなく信じている様だ。

「いや無理だ。言いたいことは理解できる――確かにソロモン72柱の悪魔とデジモンの能力には似通った点はあるが、その場合タイムパラドックスやルーツ殺しが発生するだろう」

 諏訪原の問いに、しかし紋文はそんな疑問はとうの昔に通り過ぎたと言わんばかりに笑みを深めて返答する。

「その心配はないんだ。一つ、謎かけを考えてもらおうか。簡単なものだ。『卵が先か鶏が先か』――これを考えてみてごらん」
「それは解決されていない命題のだ。そもそも過去に遡ったという事例が見当たらない――勿論ズィードミレニアモンやクロックモンなども運命の書に記載があるだけで実態は確認されていない――以上、結論の出しようもあるまい」

 紋文の声色は変わらない。

「そう昔のエスエフみたいに難しく考えなくていいんだけどね。言い換えようか。命題を『卵が先か鶏が先か』ではなく、人間のクローン技術について『人間を複製するのが先か受精卵を複製するのが先か』と捉えるんだ。人間の各部品を先に作ってそれを繋ぎ合わせるのと、人間を一からすべて作るのと、どちらが先に可能になりそうだい?」
「……技術力の観点から考えて、人間の各部品を先に作る――鶏を作る方が先だろうな」
「ビンゴ。物わかりの良い生徒に教えるのは楽しいね」
「喧しい。前置きが長いぞ、さっさと目的を述べろ」
「まあそう急かさないでくれ。これだって結論を分かりやすくする大事なプロセスなんだから」

 とは言うが、講義においての常道は先に結論を明示することだ。紋文の語り口はそこから大きく外れている。黒幕たる彼と対面する三人は彼の言葉を待たざるを得ず、完全に場の主導権を握られているとも言えるが。

「では先ほどのテーマにおいて、『鶏』を『デジモン』に、『卵』を『魔神の伝承』に置き換えてくれ」
「『デジモンが先か、魔神の伝承が先か』ってことか……?お前の話によると、神話やらに基づいて作られたはずの『デジモン』が先なんだろうけどよ」
「即ち、過去に遡ったところで致命的な問題は起こり得ないのさ。それこそが必要な事象なのだから」

 デジモンが鶏であるならば、先の諏訪原の言の通り、魔神の伝承と比べデジモンの成立が先になる。紋文の言や仮説を正しいとすれば、デジタル・モンスターはソロモン72柱の魔神の伝承の根源と言える。
 更に言えば、そもそもデジタルモンスターの生存区域であるデジタル空間。人類の文明の発展とともに生み出されたそこは、『あらゆる平行世界と全て同時に繋がっている』。いずくかの平行世界でデジタル技術の発展から生み出されたデジタル世界は、その時点でその他全ての世界線にまで影響を及ぼし、その世界でのデジタル技術の発展を促した。人間という種族の歴史にとって、デジタル技術の発明というのはそれ程大きな出来事なのだ――決して交わることがなかった世界線が、そこを通じて繋がり得る様になる程に。
 紋文はこう付け加えて続ける。

「では具体的な例示に入ろうか。『べリアルヴァンデモン』は知っているね?アレが運命の書――『ゲーティア』を元に『教会』が編纂したものだが――において該当するのは『魔神ベリアル』だろう。しかし、べリアルヴァンデモンに口八丁の能力はない。しいて言えば個体差はあるだろうがね。しかし伝承では、魔神ベリアルは神々を法廷で言いくるめられる程舌が回るとされている――どう思う?」
「『魔神ベリアル』は、正確には『ベリアルヴァンデモン』ではないのよね?」
「ご明察。私としては恐らく、ベリアルヴァンデモンを主軸にしてピノッキモン――ピノッキモン自身も、童話『ピノッキオ』などとしても伝えられているが――の能力が付け加えられて『魔神ベリアル』になったのだろうと考えている。『ゲーティア』だって、実際はマグレガー・メイザースによって編纂されたものだしね。そういったことは歴史の中で往々にあるだろう」
「結局のところ、二百余年前、魔神の伝承や神話に則ってデジモンが作られたのではなく、二百余年前に作られたデジモンが過去――それこそ神代の時代に遡り、それが今に伝わったと言いたいのか。それは分かった。得心も行く。それで、お前の目的とどう関係する。さっさと吐け」
「その通りさ。だがもう少し待ってくれ。ここまではいくらかの資料と少しの頭の柔らかさがあれば誰だって到達できる。問題はこの後だ。『何故、原初の王は魔法王たり得たのか』。これが分からないと、私の目的は達成されなかったのさ。
 核心となる部分にフォーカスを当ててみよう。何故原初の王は72体ものデジモンを従えられたのか、だ。『教会』に秘密裏に保管されている資料に寄れば、原初の王以降のソロモンは、最大でも20体――これだけでも世界征服ぐらい容易いものだが――のデジモンしか従えられなかったそうだ。つまり、原初のソロモンには何か特別なものがあったはずだ。それこそ神話に語られる指輪かもしれないし、もしかしたらそれは何かしらの技術の隠喩なのかもしれない。そして私は幾つかの仮説を立てた。
 第一に、72体それぞれとパートナー関係になる、というものだ。当然ながらこれは却下だがね――研究というのは往々にして、無益と思われる仮説でも立てていかなければならないことがあるものだ。テイマーは一体のデジモンと契約関係にあるだけで戦闘時には相当な精神力を要するからね。それを72も結ぶのは、人間には到底不可能な芸当さ。
 だから二つ目。それこそ原初の王の持っていたとされる真鍮と鉄の指輪。そうした何らかのアイテムでもって、デジモン達を縛り付ける方法だ。だがこの研究も途中で行き詰ってね。成熟期のデジモンまでしか従えられない『イービルリング』というアイテムを作ることしかできなかったよ。
 そして最も上手くいった第三――明らかに原初の王とは方向性が違うけれども――ユピテルモンの時の様なデジクロス――研究的には天使人間という方向で進めたがね――だ。方向性が違うというのも当然でね、『教会』研究者の総力を挙げて、デジタルワールド各所に散らばっていたログを組み合わせて漸く成立した方法だ。確かに超古代には現代よりも高度な文明が成立していたとの説もあるが、少なくともダヴィデの息子ソロモンの時代――それもデジモンが魔神として彼に使役される以前――に、今を超える科学技術は存在していないからね。
 ならば、原初の王がデジモンをも凌駕する力の持ち主であったなら――?こう考えると、第一・第二の案もまた現実味を帯びてくるね。驚異的な精神的強度や、恐るべきマジックアイテムなんてものもあったかもしれない。実際、古代人は超能力者で、文字のない頃はテレパシーで会話していたという話もある。恐らくこれが最も正解に近いんだろう」

 紋文はここで言葉を切った。同時に、その背後――これまでコンピューターとモニターが立ち並んでいるだけだったそこに、唐突に人型の気配が発生する。しかしその気配はまるで影絵のように輪郭を捉え難く、本当にそこにいるのかさえ曖昧だ。

「これらを踏まえた上で、私はね。ソロモンの再来――いや、原初の王を超えるソロモンになりたいのさ」

 しかし紋文は動じない。その気配の出現を当然予期出来ていたかのように――実際、彼はその気配の主を知っている――紋次達に向かって己が目的を高らかに宣言した。
 その直後、気配の主は急激にその実像を結ぶ。

「面白い男であろう?この我(オレ)でさえ、あのソロモンには苦渋を飲まされたのだと言うのに、この男はそれを超えると言う!なんともまあ、身の丈に合わぬ欲望ではないか。この我が愛でるのに相応しい愚昧さだ」

 威圧感のある声色と裏腹に、女と見紛う程の美貌。しかしその実肉体は驚くほど鍛えらえれている。小さな頭と靴からは白と黒の鳥のような羽が生えており、この者が人間でないことを証明している。背中に背負う十対の翼は、以前三人が打倒したユピテルモンと融合したセラフィモンを彷彿とさせるが、しかしその色は輝ける黄金や清浄な白銀等ではなく、混沌を思わせる白と清冽な印象を与える黒の二色だ。

「何者――!――リアライズ!デュークモン!」
「油断したか――!――リアライズ!カオスドラモン!」
「てめえ!――リアライズ!ブラックウォーグレイモン!」

 リアライズの宣言もなく現界したデジタルモンスターに警戒し、全員が即時にパートナーを現出させる。

「このような所に潜み、何を企んでいる。スペルヴィアよ」

 現界して開口一番、口を開いたのは白い聖騎士。謎のデジタルモンスターと面識こそないが、この場にいる面子では、彼が一番その正体に詳しいのだろう。

「無論、何も。召喚に応じてやってみれば、面白い男がいたものでな。アダムに色々と教授してやったように、綾文にも知恵を貸してやったまでよ。身の丈に合わぬ大望を持つ愚か者を育て上げる。正しく愉悦であろう?」
「手前みたいな野郎のこと、まともに信じられると思うかよ」
「ハッ、信じるも何も。我が全てを見定めるのだ。あの神も含めてな。貴様等如きからの我の評価など意にも解さぬ。聞いた所でああそうか、とも思わぬよ」
「さ、紹介しよう。此方のお方が、初めてお呼びしたお方である、悪魔王殿だ」
「ルーチェモンと。そう呼ぶことを許そう雑種共」

 傲慢を司る魔王。天を追放された叛逆者。ルシフェル。ルシファー。じゅすへる。悪魔王。アダムとイブに知恵の実を食させし聖書の蛇。――ルーチェモン。
 それが、現実にリアライズしている。紋次達とて、この事実が引き起こす事態が想定できぬ訳ではなく――。

「ダークエリアの奥にすっこんでいるのだな!『ダブルエッジ』!」

 ――彼等のデジモンもまた、これが世に解き放たれている現状を善しとはしなかった。
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