第五話② - ぱらみねのねどこ

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第五話②

「ハッ、なんだこの鈍は?この程度で我に傷が付けられるとでも思ったか――」

 しかし、不意を打ったカオスドラモンの一撃は、白手袋を解れさせることすら叶わず指先で止められる。

「――不敬が過ぎるぞ。塵めが」
「馬鹿な――ぐあッ!?」

 超重量のボディを止めただけに留まらず、ルーチェモンはいとも容易くその紅の躯体を投げ返した。

「おやおや、血の気の多いことだ。だがまだ私の話は終わっていないのでね。もう暫く大人しくしていてもらえないかな」

 その光景を目の当たりにし、仕掛けるのを躊躇った残り二体に向け紋文から声がかけられる。二体はそれでもしばし逡巡していたが。

「綾文は曲がりなりにも我の契約者だ。その話を聞かぬというのは、即ち我への愚弄と相成るぞ」
「チッ……」
「……。……」

 傲慢の一声で俄かに鎮静化する。

「それで、だ。悪魔王は私に協力してくださるが、他に――諏訪原君に殺させてカモフラージュにしたような弱いデジモンなら従えられるがね――デジモンを召喚したとしても、それが私の言うことを聞くかは分からない。私が超人になるなんてのは論外だしね。そこで私は色々と開発した。悪魔王の知恵を借りてね。
 Xウィルス――聞いたことはあるかな?いずくかの平行世界で、ノアの大洪水の代わりに神がばらまいた、一度デジモンに感染したが最後、あらゆる構成データを食い尽くすまで止まらない禁忌のウィルスらしい」
「我が実際に視てきたものでな。複製には時間がかかったが、今ではワクチンを含めて開発済みだ。それもこれも忌々しい兄上と我の同胞のお陰と言う訳だ」

 セラフィモンとユピテルモン。奇しくも前者セラフはルシファーの兄で、後者は同じく唯一審の反叛逆者だ。彼等を隠れ蓑に、綾文と悪魔王はXウィルスの開発に勤しんでいた。

「成程。それがあれば、召喚したデジモンにワクチンをチラつかせて言うことを聞かせられれるってか。でも、この状況だ。やるしかないだろ?」
「ハン、その通りだぜ紋次。その程度で俺様達が止められると思ってンのかよ」
「ブラックウォーグレイモンの言う通りよ。デュークモン」
「任せておけ。他の何よりも、この魔王を放っておくことはできかねるからな」
「カオスドラモン。復帰は可能か」
「当然だ。私はお前のデジモンだぞ。何度同格以上の敵を屠ってきたと思っている」

 ウィルスをばら撒かれれば自分達のパートナーも一貫の終わり。それを理解しても尚、紋次達の戦意は削がれない。それは義憤か。或いは怨嗟か。嘗ては互いに遺恨もあったが、己が愉悦の為だけに現界した悪魔王を、私欲のために自分達を踊らせていた紋文を前にして、彼等は再びデヴァイスを掲げた。

「ソロモンの才能がどうのと知ったことか!勝手に人を巻き込みやがって!二年ぶりだが行くぜブラックウォーグレイモン!デジメンタルアップ――ダウンローダー!」
「その進化の謎が解けただけでも、ここに来た甲斐はあったかしらね。私を騙していたツケ、払ってもらうわよ黒瀬!カードスラッシュ――ダウンローダー!」
「我の前で隙を曝すか!それは愚挙だぞ蒙昧共!」

 黒と紅の光がそれぞれのデジモンを繭状に包み込むが、悪魔王がその隙を強襲する。しかし、カオスドラモンは既にダウンローダーを使用できぬ程進化の頂点に辿り着いている。進化の隙をフォローするかのように、すかさず攻撃を仕掛ける。

「騙されたのは私の未熟だから構わんが――デジクロス技術と、貴様の提唱したウィルス種撲滅作戦だけは許せんのでな」
「一つ、意趣返しと行かせてもらおう――『ギガブラスター』ッ!」
「何ぃッ!」

 驚愕するルーチェモン。それもそのはず、彼の攻撃をインタラプトしたのは黄金の甲虫、ヘラクルカブテリモンの技。辛うじて放った火球で相殺したが、彼の常識で考えれば、およそカオスドラモンが使用できる技ではないのだ。
 にも拘らず、カオスドラモンから放たれた強化版メガブラスター。

「驚いたか。これぞジョグレスの可能性だ」
「だからデジクロス技術など邪法だと言っているんだ」

 諏訪原のカオスドラモンは、オオクワモンとワルもんざえモンのジョグレス体であるムゲンドラモンから進化したデジモンだ。加えて、嘗て彼等はダウンローダーの使用により、ヘラクルカブテリモン、メタルエテモンとして戦っていた。飽くまで主体が素材の能力を使うだけのデジクロスと違い、ジョグレスでは2体の経験までもが合算される――故、彼のカオスドラモンは自身を含め4体もの究極体の技が使用できるのだ。

「尤もここ2年で戦い続けてできるようになった芸だがな。もっと前から使えていれば、神楽にも楽に勝てたかもしれんが」
「まだそんなこと言ってるの貴方?ま、いいわ。待たせたわね、助かったわ」
「我等も加勢しよう――1人は主体的なものか分からんがね。どこかの平行世界の可能性から黙示の黒騎士まで引っ張ってくるとは。いやはや、ソロモンの才能とはここまで恐ろしいものか」
「やめてくれ。別に嬉しくない。俺にはデジモンを二体も三体も扱えやしないさ」
「……。喇叭を吹かせる役割は貴様のものではないぞ、悪魔王」

 一瞬のやり取りの後に、二体の上位究極体が戦線に加わる。ルーチェモンの圧勝を確信していたはずの紋文が表情に焦燥を浮かべ、何かのスイッチを押そうとしていた。

「やめろ紋文!面白くなってきたところだ。まさか犬の分際でこのような曲芸が可能だとは思わなかったぞ、雑種め」
「しかし悪魔王……!」
「くどい!我の楽しみを奪うでない!この局面でウィルスなぞばら撒いてみろ!即座に我は貴様の敵に回るぞ」
「ッ……承知致しました。悪魔王。御武運を」

 しかし、その行動は他ならぬ悪魔王によって叱責される。紋文は不満気に腕を引っ込めたが、その瞳は抜け目なくスイッチの方を向いていた。

「自らチャンスをふいにするとは、スペルヴィアもそこまで来ると筋金入りだな!」
「その選択を後悔させてあげなさい!」

 ブルトガングが悪魔王に襲い掛かる。一撃一撃が並の究極体を消滅させて余りある剣戟を、しかし受ける当人は造作も無く障壁や体術で防いでいく。

「援護しよう――『ガルルキャノン』」

 一見すれば千日手ともなりかねない光景だったが、悪魔王の左手が妖しく煌めくのを見逃さなかったオメガモンズワルトが、支援と呼ぶべきではない威力の砲撃を放つ。

「黙れよ、使い走り風情が!貴様等が未だこの世界の終末を認めぬならば、この明星がその代役をしてやろうというのだ!」

 冷気凝縮弾は、瞬時に編み上げられた火球と絡み合い一際大きく爆発して消滅させられた。そしてその隙に、悪魔王が編んでいた術式が発動する――かと思われた。

「貴様自身が言ったはずだぞ。面白い芸だ、と。『バナナスリップ』!」

 発動させれば何が起こるか分からなかったその術式を、バナナの皮状のクラッキングプログラムが緊急停止させる。しかしこれは悪魔王の想定の内だったらしく、端正な顔に驚愕は浮かべられない。

「ハッ、多芸さでは随一よな!だが侮るなよ、我を誰と心得る!並ぶもの無き、栄光に満ちた悪魔王ルシファーぞ!」
「カオスドラモン!相殺は――!?」
「駄目だ、数が多すぎる!」

 突如発生する十の光球。以前紋次達が見たセラフィモンの必殺技よりも数倍は強力なエネルギーを有するそれらが、全て自在な軌道を描いて敵手を襲う。
 オメガモンズワルトの肩のシールドも、カオスドラモンのバナナスリップも、クリムゾンモードのクォ・ヴァディスでさえも相殺が敵わず、着弾点に猛烈な爆発が生じる。爆煙を切り裂いて飛び出したルーチェモンが、仇敵を狙うかのような目でオメガモンズワルトに狙いを定める。

「無様だな――!衰えたか第三の騎士!飢餓を齎すのではなかったか!?『デッド・オア・アライブ』!」
「厄介な――『ガルルキャノン』!『ガルルキャノン』!『ガルルキャノン』――」
「――間に合わない!防御しろ!」

 再び生み出された10の光球が互いに白と黒の光線で繋がり、クリスタル状の檻となってオメガモンズワルトを取り囲む。それは捉えた者を二分の一の確率で完全消滅させる審判の一撃。謂わばこの檻の中だけは、一種の怒りの日、終末の刻限が訪れていると言っても過言ではない。
 右の大砲の連射で罅が入ったところに、左の大剣を突き刺して脱出を図るが既に間に合わない。限界を察した紋次の指示に従い、黒騎士がマントで全身を包み込むものの怒りの日の結末は覆せない。クリスタルの中が、まともに見れば失明するであろう光量の白に染まり、音もなく解放された黒騎士が膝を付く。

「オメガモン!」
「我々に見向きもせぬとは――」
「――この短時間で、慢心するにも程があるだろう!」

 動きを止めたオメガモンズワルトに駆け寄る紋次の横から、先の光球で紅い外装が所々損壊している二体が飛び出し、ルーチェモンに左右から襲い掛かる。神槍グングニルにレッドデジゾイド製の剛爪――デジタルワールドでも最高峰の攻撃力を誇るそれらを、しかし傲慢の魔王は意にも介さず、左右に突き出された腕に攻撃が届くことはなかった。何かに後ろから引き止められているかの如く、二体の上位究極体は完全体に痛打を与えられない。

「慢心せずして何が悪魔王か!」

 ルーチェモンが腕を身体の前に勢いよく持ってくると、動きを止められていた二体がぶつかり合う。衝撃で防御行動をとれない二体に、エネルギー弾の追撃が加えられた。

「ッチィ、厄介な!」
「デュークモン!」

 未だ立ち上がれないオメガモンズワルトを尻目に、ルーチェモンは残る二体を嘲笑する。

「そら、続きの出し物はどうした?余り退屈させると殺してしまうぞ――『デッド・オア・アラ――ガッ!?」

 満を持して発動されんとした必殺技は、しかしクリスタルの檻を形成できずに霧散する。二体分、計20の光球が行き場を失い、有り余る熱量を持て余してその場で小さく爆発した。必殺技の張本人であるルーチェモンは、でたらめな量の血液データを吐き散らしながら首を掻き毟っていた。

「何だっていい!オメガモン!動けるか?奴を叩くチャンスだ!」
「……。……」
「な――?」

 不審以外の何物でもない。終始優勢の立場を崩さなかったルーチェモンが、唐突に地獄を体現したかのような苦悶の表情を浮かべ隙を曝している。訝しみながらもこれを好機と捉えた紋次が攻撃指示を出すも返答はない。見渡せばそれはこの場に存在するデジモン全てに言えることで、デュークモンクリムゾンモードもカオスドラモンも、その場から微動だにしない、できない。ダウンローダーによる進化さえ解けてしまい――時間切れにはまだ早い。それが示す事実は、即ち未来の可能性が失われたということ――さえする。
 その光景から、一つの推測が――現状を説明する事実が思い至ってしまう。

「んな、馬鹿な――」
「信じられない――」
「有り得ん、どんな思考形態だ――!」

 彼等が思い至ったそれは、この不可思議な現象を説明する至極単純な回答だった。
 紋次達とて、Xウィルスを最終的に使用される可能性は覚悟していた。しかし、行われたそれは自分のデジモンをも巻き込んだ自爆戦法。
 即ち紋文は、ルーチェモンごとXウィルスに感染させ、あらゆるデジモンを一掃しようとしたのだ。
 正気ではないとさえ思えるが、確かに紋文は一度も『ルーチェモンをパートナーデジモンだ』とは言っていない――。
 三人は理解できない事実に当惑していたが、正答は思いもよらぬところから振って湧いてきた。

「貴、様…アヤフミ!この、我を、謀っ、たかァ!」
「当然でしょう悪魔王。悪魔との契約なんて、人間側から裏切ってなんぼです」
「おのれ―――おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれ……!!!人間風情に、この我が二度もしてやられるとは……!」
「いやあ実際助かりましたよ。次に復活したときはもっと謙虚に生きてみるのは如何ですか、悪魔王よ」
「――覚えておれアヤフミ!我は蛇の様に陰湿に、どこまでも陰険に貴様を貶めると誓うぞ――!」

 首より上のありとあらゆる個所から血を吹き出しながら、ルーチェモンの怨嗟の声は消えていった。神を貶し人を玩弄した魔の長は、この日再び、玩具たる人間に敗北を喫した――己の特性である傲慢さによって。

「まあ、そんな訳だ。アレに投与したのはワクチンなんかじゃないし、君達のパートナーとやらも死にかけだ。チェックメイト――という訳かな。後は私が強力なデジモンを召喚して従属させていくのを、指を咥えてみているがいいさ。ハハハハハハハハ!」

 しかし、その傲慢さはこの男にも伝播している。伝播、或いは継承か。
 ひとしきり高笑いした紋文が指を鳴らすと、未だ消失していない異界に十数体のデジモンが出現する。腕や首など、身体のどこかに黒い鉄と真鍮からなる輪――イービルリング――を付けた彼等は精々が成熟期程度――それもブイドラモンの様な希少種はおらず、アルカディモンの様な異常個体も見当たらない――ではあるが、デジモンが戦えない状況に陥っている人間三人に対しては過剰戦力と言える。

「その状況から何かされても困るからね。さっきは見ていろとは言ったが、やはりここで死んでもらうことにしよう」

 デジモンを従え世界を征服する夢に酔いしれる紋文の言葉を聞き、諏訪原が舌打ちし、イービルリングを着けられたデジモン達の前に立ちはだかる。既に反応を返さなくなったペンデュラムプログレスは放り捨てられていた。

「諏訪原、あんた何を――?」
「成熟期相手なら、モノにもよるが私でも暫くは持ちこたえられる。
 とっとと神楽でも連れて撤退しろ、曽呂紋次――いや、当代のソロモン。運命の書はまだ拠点にあるだろう。その後、また別のデジモンを召喚して、コレを止めろ」
「馬鹿言うな!成熟期ぐらい、俺達のデジモンが戦えれば一瞬で――」
「――戦えないから言っているんだ!本当は神楽も一緒に足止めさせるのが一番なんだろうが、まあそこは譲歩してやる」

 尚も食い下がろうとする紋次であるが、既に現状は理解している。諏訪原の提言が最善の手段であることも、自分達のパートナーデジモンの霊核――デジコアが既に破壊されてしまっていることも。自分がソロモンとして、後に敵対するソロモンを打倒するのが唯一残された道であることも。唯、感情とプライドがこの場での撤退を認めないだけ。

「ここまで一緒にやってきて、新しいデジモンに乗り換えることだって、あんたを見捨てることだって、できるはずが――」
「――駄目よ。紋次君、行きましょう」
「小夜――。……これ以上は、我儘に過ぎない、か……」

 しかし、自分の腕を引いて撤退しようとする小夜の瞳から流れる涙を見て、そんなプライドは一瞬で氷解する。
 小夜や諏訪原の方が、パートナーデジモンと一緒にいた時間も長い――。
 その事に思い当たった以上、この場に留まるという選択肢は消え失せていた。
 胸に紋文への敵対心を燃やし、敵討ちのため走り去ろうとする紋次と小夜を見て、諏訪原が呟く。

「そうだ。それでいい。お前たちはまだ若い。ここで命を散らすこともあるまい」
「お涙頂戴は終わりかい?君の自己犠牲精神に敬意を示、し、て――?」

 余裕綽々に諏訪原を嘲笑する紋文の顔に、血液データが浴びせられる。
 何が起こったのか理解できないと言った風体で口を半開きにしたままの紋文に、今度はチンピラ然とした声が浴びせられた。

「ハン、『俺様をこの程度で止められると思うな』って、言わなかったかよ?え?」
「ブラックウォーグレイモン!どうして!」
「待たせたな紋次。ニュービー俺様、ブラックウォーグレイモン…X抗体だ」

 再び紋次が振り向いた先には、流線型のフォルムを失った代わり、全身のあらゆる箇所が鋭利な刃物の様に変貌したブラックウォーグレイモンが、ナイフ状のドラモンキラーを振り抜いた姿勢で佇んでいた。

「嘘でしょう……デュークモン」
「嘘などではないさ。私は真実、ここに生きている――尤も、一度は死んだかと思ったがね――。君を置いて、ダークエリアになど行けないさ、小夜」

 半狂乱になって襲い来る、残り半分を切った成熟期のデジモンなどでは、ブラックウォーグレイモンと同じく更なる進化を遂げたデュークモンXに傷一つ付けられない。ライトグリーンに蛍光する装飾の成されたイージスから展開される防壁は、恐らくルーチェモンの全力の一撃でさえ防ぎ切ったであろう。

「どうやら世の中には……ダウンローダーでも読み込めぬような可能性も存在していたようでな」
「未知の進化――X抗体、か。つくづくお前は、私を驚かせてくれるな」

 ダウンローダーは、未来の可能性をダウンロードしてきて、そのデジモンに強制的にインストールすることで一時的な進化を促すプログラムだ。そのダウンローダーも想定できなかった姿で屹然と立っているカオスドラモンXが、イージスの防壁に群がる成熟期全てに向かって照準を定める。

「X抗体……だって?何を言ってる!ふざけるな!そんなものがあるはずがない!あっていいはずがない!私はルーチェモンに見せられたんだぞ!このウィルスで世界が滅んでいく様を一刻一刻と!誰も――誰もだ!どんなデジモンも、なすすべなく死んでいった!それなのに!」
「言いにくいんだけど……さ。謀られたのは、お前の方なんじゃねえの?たまたま互いに騙し合って自滅しただけで」

 残り八体の成熟期デジモンが、パルスレーザーで四体にまで減らされる。

「悪魔との契約なんてするものじゃない、ってことかしらね。どっちが勝ったのかは、本当に分からないけれど」

 聖槍グラムが、寸刻の内に三体を刺し貫く。

「そんな様でソロモンだなどと……原初の王には遠く及ばなかったようだな!黒瀬!」
「お前にゃソロモンの名すら勿体無えってよ、ハン」
「ふ……ふざけるな!私は王だ!至高の王になるんだ……ッ!

 オイッ、お前!私を守れ――ッ!」
 イービルリングの命令に従い、紋文の盾となったデジモン――三つの頭を持ったブルーの巨体が、漆黒のガイアフォースに紋文ごと飲み込まれていった。

「……終わったな」

 誰からともなく呟いたところで、地下研究所の異界化が解除された。

「……もう『教会』も無くなったようなものだし、後始末かしらね」

 テイマーを強制的に従わせるか、或いはデジモンをデリートするかというラジカルな組織であった『教会』。ある種人類の歴史とともにあったそれは、首領の死亡及び各支部の破壊という形で壊滅的打撃を受けている。幾ら代理のトップが立てられたとはいえ、それで落ち着くのは表――デジタルモンスターの関わらない部分だけだ。

「ああ。『教会』の存在が、デジタルモンスターによる犯罪や事故を防ぎ、隠蔽してきたという事実も確かにあるしな……このまま放っておくと言うのも、虫のいい話だろう」
「じゃあ……アレだな。ここ二年と大体変わらない感じか?何かそれらしい情報があったところに急行して、大事になる前に即座に叩く」

 なればこそ、その状況を引き起こした自分達が少しでも秩序を維持せねばなるまいと。
 紋次が巻き込まれたデルタモンの事件の様に、ある主事故的にデジモンがリアライズすることもある。そうしたものに対処してきた『教会』が失われた以上、放置していては本当にオメガモン――黙示録の四騎士が降臨するような事態になってしまう。

「ああ、その……悪りいンだが。俺達はもう、この世界にいられねえみたいなんだ」

 先の責務を見据えてこそいるが穏やかな空気の中で、既にこの場に存在すること自体がイレギュラーとなったX抗体を持った三体のデジモンが口を開く。

「うむ。どうやらあの男はXウィルスを全世界にまで散布したようでな。この世界に、普通のデジタルモンスターは最早住めぬよ。既にこの世界にデジタルモンスターは存在しない……存在してはならなくなったようだ」
「世界の整合性をとるためか、デジタルワールドの神は、この世界からデジモンを一体残らず退去させると決めたらしい」

 何れも既に、四肢の先端を構成する粒子が解け、解けた粒子は空へ向かって十数センチほど上昇して空気に溶けていっている。

「――まあ確かに、そもそもお前達の容量を受け入れられるドックも存在していないようだしな……」

 投げ捨てたペンデュラムプログレスを弄り回す諏訪原だが、液晶には『ERROR!』の英字が表示されるばかりだ。紋次と小夜も倣ってD-3、D-アークを確認するが結果は同じ。ウィルスによってデジタルモンスターが生息できない環境となったこの世界に、最早彼等が留まることは不可能だ。別の環境の世界ならいざ知らず、彼等は二度と、デジタル世界からこの世界に顕現することは叶わないだろう。

「おいおい、待てよブラックウォーグレイモン――」
「しけた面してンなよ紋次。ソロモンの才能とかいうのも関係なくなる世界になるぜ。それに元の生活にも戻れはしないだろうから――ああ、もうそのことについて謝りはしねえが――お前自身の努力で道を切り開ける筈だ。まあ、何かあったらソイツらが助けてくれンだろ」

 矛先を向けられた二人の反応は対称的だった。小夜はゆっくりと頷き、諏訪原は咳払いをして、それぞれ自分のデジモンの方を向く。

「ええ、勿論。私の無茶なお願いに応えてここまで一緒にやってきてくれたんですもの。今度は私がお返しする番よ。ねえ、デュークモン?今までありがとうね?」
「ふん。まあ曽呂紋次がどうしても助力を願うならば、手を差し伸べてやらんこともない。幸いコネ自体は各所に残っている。尤も、それもこれも、カオスドラモンのお陰ではあるのだがな」

 些か以上に紋次と小夜に愛着を持っている――それも割と分かりやすいレベルで――諏訪原の言に、デュークモンとカオスドラモンは同時に吹き出す。

「ああ。好きなだけ尽くしてやるがいいさ。何時まで経っても変わらないその男に、曽呂紋次と一緒に助けて貰うのもいいだろう。私はもう共に在ってはやれぬから、後悔しないように生を謳歌すると良い」
「礼など要らぬぞ、敬。寧ろ私がお前に礼を言う側だ。しがない成長期だった私をここまで押し上げてくれたテイマーはお前なのだから。私も他に倣って助言でもしようか。もう彼等と出会ってから三年近く経ったのだ。そろそろ素直になってやれ」

 イレギュラーな進化を遂げた三体のデジモンが消滅――否、デジタルワールドへ退去していく。
 消え行くデジモン達に、たまらず紋次が問いを投げた。

「なあ……俺がソロモンとして修業を積んだら、お前達をもう一度この世界に召喚できるんじゃないのか?」
「無理だと思うが――お前がそういう道を決断するなら、それはそれで構わねえ。応援する――期待しないで待ってるぜ」

 最後まで残ったブラックウォーグレイモンXが、テイマーを檄して去って行った。

「……さて、ではまず魔術のいろはから叩きこんでやるか。現行の術理を修めてからアレ等を召喚できるようになるまで、どれ程かかるか分からんがな」
「ええ、私も『教会』で学ばされたし、悪魔――デジモン召喚術の基礎の基礎から教えてあげるわ」

●●●●●

 それから数年後、三人の研究者が、表面的な役割を立て直していた『教会』の門戸を叩いた。

 現在の『教会』内では、彼等によって隠秘学が『教会』に持ち込まれ、日本国・帝都の地下で長年研究が続けられているという都市伝説が実しやかに囁かれている。

 その研究が実を結ぶのか、それは当人達のみの知るところであろうし、仮に実を結んだとして、その研究者らが研究成果を流布することはないだろう。

 彼等は悪魔――デジモンの力が、どれ程人を狂わせるのかを目の当たりにしているし、神と呼ばれるデジモンでさえ、人に味方するのみではないことも承知しているから。


――――――――――――――――――――――――――
 以上で『ロード』完結となります。
 わずか5話構成の作品ではありますが、(『このデジ』での宣言もむなしく)完結に三年かかってしまいました。
 文字数にして合計7万文字弱。文字数の多寡で小説の良し悪しが決まるわけではないのは当然のことではありますが、一般的な文庫本一冊分の文字数は7万~13万文字と聞きます。
 別段それを意識して書いていたという訳でもないのですが、もう少し文章に遊びを持たせたり、描写を増やした方がよかったのだろうと今になって考えています。
 三年かかっていることもあり(まあそれは出版するでもないからどうでもいいんですが)、自分でも、その時々によって筆の動きが結構変わるということが発見できました。
 色々と思うところや反省するところはありますが、作者としてはこの作品を読んでくださる誰かがいるならば望外の喜びであります。
 ここまでお付き合いくださった方々や、この掲示板の管理人の皆さまにお礼を申し上げ、筆を置かせていただきます。文字数的にも。

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