第二話② - ぱらみねのねどこ

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第二話②

「何で真っ昼間からこんな格好で……」

 自分の服装に不満がある小夜が、本日何度目になるか分からない愚痴を吐く。

「いや、お前が山に行く、って言い出したんじゃねえか。傷も治ってないのに」

 服装よりも何よりも彼女の怪我の具合を案じる紋次は、「出来れば安静にしていれば良いのに」と表情で語っている。

「そりゃあそうだけど……大体、曾呂君があんなことするから」
「だーかーら、あれは黒瀬さんの所為だって何度も」

 『あんなこと』とは、紋次が小夜の身体を抱き起こして包帯を巻こうとしていたということを指している。元々黒瀬の策略なのだが、頭で理解していても小夜は感情の面で納得がいかない様子だ。

「しかも、何で新しく用意された服がパーカー一枚なのよ」

 そう、彼女は現在、パーカー一着しか着用していない。本人からすれば我慢ならないだろうが、紋次が責められる謂われはない。そもそも血濡れになったいつもの白装束の一時的な替えの服を用意したのは黒瀬だ。彼曰く、「これしかすぐには用意できなかったから我慢してね。明日までにはいつもの服用意しておくから」とのことだった。尤も、意図的なことだろうが。

「知らねえよ。まあ真っ昼間は逆に人気が少なくて助かったよ」

 小夜はやはり恥ずかしいのだろうか、最大限にファスナーを上げ、裾をしきりに引っ張っている。そんな格好の少女と歩いているのを見つけられたら、補導の一つや二つでは済まないだろう。
 そのまま下らない――彼等にとっては重大なことかもしれない――遣り取りを続けつつ歩みを進めていると、見知った顔が向こうから歩いてくるのが目に入った。

「あれは……」
「諏訪原、だな。どう見ても」

 歩みを止めて警戒していると、諏訪原が覚束無い足取りで近付いて来る。
 満身創痍。どこから見てもそれ以外の言葉が思いつかない。銀縁の眼鏡は無惨にもレンズに罅が入り、昨夜は無駄に風にたなびいていた長髪は泥にまみれている。

「おや、随分な格好だな。それともそういうプレイか?若さだな」
「そっちこそ。その格好は何だ?コスプレか?いやいや幾ら何でも俺もその格好では出歩きたくないな」
「フン、手厳しいな。まあ安心しろ。今はお前達と事を構えるつもりはない――無論挑まれれば応じざるを得ないが――上からそれよりも優先すべき指令を受けているのでな」

 諏訪原はそのまま二人を素通りしようとしたが、真横に差し掛かったところで立ち止まった。

「ところで――質問なのだが。お前達二人は方向から察するに、先の爆発があった山に向かうつもりか?」
「ええそうよ。まあ、貴方の状態と発言を鑑みれば、リアライズしたデジモンに返り討ちに遭った、とするのが妥当でしょうけどね」
「慧眼だな。ならば提案だ。休戦協定といこう。そのデジモンを倒すまで同盟を結ばないか?」
「俺達がそんな甘言に引っかかるとでも?」
「昨夜のこともあるし、信用されないのも無理はないが――やむを得ん。ムゲンドラモンと今後の作戦を練るとしよう」

 明らかに紋次と小夜に聞かせるような声量で、しかもその場に立ち止まったまま話を続ける。

「まず復習からだな。『組織』からの判断として、目標のデジモンはテイマーなしの野良完全体とのことだった」
《ああ。しかし蓋を開けてみればウォーグレイモンのお出ましだ。しかも通常より数段強い個体だったな》
「まあデジモンとテイマーに市民権を与えようとしてる奴らは黙っちゃいないだろうが――我々としては究極体を野放しにはできない」
《しかし奴のドラモンキラーに対して我々は非常に相性が悪い》
「まあ、そこで、だ。あの二人に協力を取り付けるのが、この場で最も有効な解決法だと思うのだが」

 眼鏡の奥から二人の様子を窺う。件の二人は互いに目を見合わせて諏訪原の真意を測ろうとしているようだ。時間がかかりそうだと見て取ったのか、諏訪原は駄目押しに訴えた。

「ああそうだ。幾らあのデジモンの処理が最優先命令とはいえ、ここに弱った削除対象がいた場合は、そちらを優先するべきだと思ったのだが――」

 紋次の舌打ちに遮られ、諏訪原は泥と血に塗れた顔を不適に歪める。

「――いいわ。協力する。」
「いいのか?小夜」
「ええ。山とはいえ、究極体を放置するにはまだ早すぎる。万が一の間違いがあってはいけないの」
「ふふん。いいだろう。私は仕事、お前達は私情、と、まあ立場の食い違いはあるだろうが、この件について私からは信用を提出してやろう」
「随分と偉そうだな。俺達があんたの寝首をかかないとは考えないのか?」
「有り得んね。私が殺されれば、代理が送られてくるだけだ。私と同等か、それよりも強力な奴がな。戦力の少ない内は私相手に遊んでいる現状に甘んじるしかないのさ」

 紋次が小夜の方を向くと、彼女は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。その表情から、彼は自分が現状を打開するほどの戦力と見られていないことをも理解し、複雑な心境を味わっていた。

「残念ながらその通りよ。仕方がないわ。私達もウォーグレイモンの削除を最優先にして動いてあげる」
「良い返事だ。さて、そうと決まれば作戦会議だが――その格好で外に長居する道理もあるま――」
「――貴方に言われたくない」

 諏訪原は自分の発言が遮られるとは思っていなかったのだろう、演劇の最中にクレーマーが現れたかのように唖然としてから肩を竦め「全くだ」と口にした。


●●●●●

 結果、諏訪原が拠点としているホテルに集まることとなった。サラリーマンが商用で滞在するような簡素なビジネスホテルの一室だが、諏訪原に敵意丸出しの小夜にはそれでも我慢ならなかったようだ。

「ホテル暮らしだなんて、戸籍もない割には随分と好待遇じゃない?」
「よせ、共同戦線を張っているんだ。一々突っかかるな」

 コーヒーテーブルとセットの椅子と、デスクの前の椅子を持って来て、ベッドの向かいに三人側になって座れるよう配置する。本人はベッドに勢いよく座り込み、一時的に共闘する二人にも座るよう促す。

「さて、恐らくあのウォーグレイモンは究極体が二体三体と飛びかかっても敵わないだろう。それだけの強敵だ」
「その上、ドラモンキラーのせいであんたのデジモンは役に立たないって訳だ」
「……苛立たしい物言いだが、まあ事実だからな。否定はできん」

 無論唯の挑発だろうが、思わずダウンローダー同時起動により究極体二体での戦い方も有していることを口走ってしまわぬよう諏訪原は眉をしかめつつ返答する。

「それじゃあ、小夜のデュークモンと俺のブラックウォーグレイモンが主だって戦闘することになるな」
「ああ、そこにタイミングを合わせてムゲンドラモンの遠距離砲撃をぶち込めれば勝機はあるだろう。火力だけで言えば、この三人の中で私のデジモンが一番だろうしな。問題は奴の持っているブレイブシールドなのだが……」
「それなら逆に、ムゲンキャノンをブレイブシールドで防がせて、その隙に無防備な背後をとるか?」
「悪くはない、相手を拘束して背後をとるのは定石だが――片腕で防がれる可能性や、エネルギーを弾きとばされる可能性を考慮すると危険だな」
「となると、先に俺と小夜でブレイブシールドを破壊するか奪い取るかしないとな」
「それが一番良い策かもしれんが、近接で二対一に持ち込めるとはいえいずれ押し切られるだろうなあ。かと言って破壊はほぼ不可能だろうし、奪い取るのも身体能力の差から考えて難しいだろう。あれさえなければ押し切れるかもしれんのだが――おい神楽、何か策はないか?」
「……」

 諏訪原の声に気付いた素振りもなく、小夜は顎に手を当てたまま微動だにしない。まるで有名な彫刻の女性版のようだ。不信がって紋次が声をかけて漸く、小夜がまともな反応を返した。

「神楽……聞いていたのか?」
「ええ、勿論聞いてはいたわ。唯、一つ気になることがあって」

 煮詰まっていた議論に光明をもたらすかもしれない小夜の言葉に、二人は気持ちを一つにして続きを促す。どんな小さなことでもいいから早く言え、と。

「実際は究極体以上の強さのデジモンが、反応では完全体相当だったのよね?」
「ああ。言い訳になるが、それで意表を突かれたというのも敗因かもしれんな」
「運命の書に記載があったのだけれど、もしかしたら――」
「――おい何処に隠した早く返せ」
「まあそれはこの際置いておくとして、もしかしてそのウォーグレイモン、実はメタモルモンなんじゃないかしら」

 小夜のその言葉に、諏訪原は膝を叩き、紋次は対照的に何のことかわからずにいる。
 ――メタモルモン。相手の姿を能力ごとコピーし、その上元々の自身の能力を追加するデジモンだ。

《まあというわけで、俺も実物は見たことはないからこれぐらいしか分からねえがな》

 とメタルグレイモンが口を挟む。加えてそのコピー能力故1対1では無類の強さを誇るデジモンであり、その生体故ロードを必要としないデジモンだ、と追加した。

「成る程メタモルモンか。それならばあの桁外れの強さにも納得がいく。おい神楽、メタモルモンの攻略法は記載されていなかったか?」

 あったけど……と言おうとして、小夜の口に意地の悪い笑みが浮かぶ。

「もしかして貴方、運命の書も暗記してないの?あの組織にいるのに?」

 この言葉は、諏訪原の高いプライドにクリティカルヒットを刻み込んだようだ。諏訪原にしては珍しく饒舌になって弁明する。

「喧しい。俺はそもそもお前と違って実働部隊として訓練されてきているんだ。アレの内容を口伝とは言え真っ先に叩き込まれた貴様のいた部署とは管轄が違う管轄が」
「へーえ、そう。まあいいわ。これ以上やってると紋次君まで参戦してきて、余計な戦闘が起こりそうだしね」

 小夜が紋次に伝えた『組織』の事情は「管轄下のテイマーに人権を与えていない」という事実だけである。無論それを諏訪原が知る由もないが、一瞬紋次がD-3に手を伸ばしかけたのを見て舌打ち一つに留めた。

「まあいい。いいから攻略法をさっさと教えろ」
「そうね……まず第一に『胸の部分のメモリーを破壊すること』これがないと、二体でかかろうが三体でかかろうが相性の悪い相手に変身されるわ」

 諏訪原にとっては火炎能力持ちでドラモンキラーを有するウォーグレイモンは天敵であり、また小夜にとってはカオスドラモンのような巨体がそれである。如何にデジモンが己の大きさを自由に変えられるとは言え、その質量は一定であるため、カオスドラモンと同じ大きさになったところで単純な力比べにさえ勝つことは難しいのだ。

「ふむ。まあ定石だな。それでは次は?第一と言うからには続きもあるのだろう?」
「ええ。第二に『こちらをコピーしたメタモルモンよりも強力な一撃を叩き込むこと』よ」
「――じゃあ、誰かがダウンローダーを起動せず戦闘し、メモリーの破壊が済んだところで他二人が撤退、最後の一人がコピーされた後に進化、ってとこか?」

 諏訪原と小夜が同時に紋次の方を見る。先に口を開いたのは小夜の方だった。

「その作戦が一番だけど――最後の一人の役割は、紋次君にお願いするわ」
「なっ!また俺は足手まといだって言うのか!」

 紋次は再び自分が戦力外であると通達され怒りを露わにする。しかしここで、激高する紋次を諏訪原が手で制して告げる。

「落ち着け。なにも理由がないわけじゃない。メタルグレイモンであればコピーされずとも実力はイーブン。なにせ向こうは完全体相当の反応しかないんだからな。もしコピーされたとて、手負いの我々二人と協力して打倒できよう。
 だが神楽小夜。今の作戦にもう一つ追加させてもらうぞ」

 諏訪原の顔はこれ以上にないまでに勝利を確信していた。



●●●●●


 夕刻、諏訪原はムゲンドラモンを引き連れ、再度ウォーグレイモン――メタモルモンの前に立ちはだかっていた。

「先刻の戦闘で諦めてくれればよかったのだが」
「生憎とウチの首領はそれを許してくれなくてね」
「ならば大人しく所属する組織を抜けるのだな」
「そう言う訳には――いかんなあ!『ダウンローダー』起動!」

 叫ぶと同時、ムゲンドラモンの金属の鎧は紅い超合金へと変化する。

「今度はそちらの姿か――構わん、一気にケリをつけて――!?」
「気に入らないけど、まあ今回だけやってやるわ!カードスラッシュ――『ダウンローダー』!」
「くっ――今回は協力者がいたのか!」

 メタモルモンの頭上から、紅の聖騎士が急降下してくる。瞬時に飛びすさりブルトガングの一撃を回避するもデュークモンはグングニルウォーグレイモンに向かって突き出す。これはブレイブシールドを駆使して防御。その後も二体は幾度となく神剣と神槍、竜殺しの爪と勇気の盾をぶつけ合う。ウォーグレイモンもデュークモンの奥でエネルギーを溜めているらしいカオスドラモンから視線を逸らすことはなかったが、徐々に追いつめられていくデュークモンに致命打を叩き込むべく一瞬警戒を逸らしてしまった。

 その僅かな隙を、小夜と諏訪原は見逃さない。

 上空へと退避したデュークモンを追わんとするウォーグレイモンに、エネルギーを最大限充填したハイパームゲンキヤノンの波動が殴りかかる。それを感知したウォーグレイモンはブレイブシールドを掲げ完璧にエネルギー派を防ぐ。

「末恐ろしい防御力だ――だが」
「背中がお留守だぞ。メタモルモン」

 背後に迫っていたデュークモンが、胸の部分のメモリー回路を破壊する。ウォーグレイモンのデータを失ったメタモルモンは正体を露わにして苦々しげに舌打ちする。

「バレていたか。しかし問題ない。カオスドラモンさえコピーすれば――ッ!?」
「すまん敬、時間切れだ」
「私の方もエネルギーが足りないな」

 彼の前に立ちはだかっていた上位の究極体二体は、深紅の輝きを失っていた。

「ああ、十分だ。神楽!もう退いてくれて構わん!」
「ええ――それじゃあ、曽呂君、後は宜しくね」

 神楽と呼ばれた少女の声が遠ざかり、入れ替わりにムゲンドラモンと並び立つようにメタルグレイモンが大地を揺るがして現れる。

「新手――?いや、しかしメタルグレイモンか。ならば……ムゲンドラモンをコピーするまで!」

 ムゲンドラモンとメタルグレイモンの前に、体力を完全に回復した強力なムゲンドラモンが出現する。

「やはりな。やはりそうするだろうな。メモリーを失った焦燥もある」
「なに、を言って――」
「――まさかあんたの言ったとおりとはね。癪に障るが、まあいいさ。デジメンタルアップ――『ダウンローダー』!」

 諏訪原の不敵な態度に怪訝さを隠しきれないメタモルモンは、森のどこかから響いてくるその七文字の言葉を聞いて己の判断ミスを悔いた。

「な――ま、さか」
「ハン、そのまさかってことだ!食らいやがれ!『ドラモンキラー』!」

 己が現在とっている姿の天敵が、竜を狩る爪を以て目前まで迫っていた。


●●●●●


 帰路、三人が鉢合わせした道路にて諏訪原が切り出した。三人とも全身薄汚れている上、一人は裾の一片も見あたらない上着だけを着用した年端もいかない少女だ。これが夜でなかったら本当に警察が呼ばれていたかもしれないだろう光景だったが、お構いなしにシリアスな表情だ。

「本日はここでお開きとしよう。私としてはこのままお前達と戦うのも吝かではないが――」

 と、ここで小夜の傷と、徹夜明けで弱っているであろう二人の顔を見て続けた。自尊心が大きいと自負している諏訪原が、頭を下げて。

「今日は助かった。お前達の協力なしには勝ち得ない戦いだった。感謝している」
「お、おう?あんたが頭を下げているところなんて考えもしなかったから、実際そうされるとなんだか気味が悪いな」
「ええ、でも明日からは敵同士なのよ。分かっているわね曽呂君?」

 紋次は深く頷き、諏訪原は肩を竦めて「お前には敵わないな」と意志表示してから、右手を差し出した。訝しがる二人に諏訪原は薄く微笑む。

「握手だ。それぐらい、してくれても構わないだろう?」
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