第二話① - ぱらみねのねどこ

Title
コンテンツに移動します
第二話①

既に午前の四時を回った公園、眠りもせずベンチに座っているみすぼらしい男がいた。男は白装束の少女を抱き抱えて走ってきた紋次を見るや否や立ち上がり、自分が彼女の仲間で、小夜の指示を受けて待機していた旨を告げる。

「これは酷い……諏訪原が?」

 コクリと首肯する紋次。真っ先にその名が出てくる辺り、彼女等の共通の敵が諏訪原であることは間違いないようだ。
 医者は小夜を診察し始めるが、紋次は疲れが出たのか医師が座っていたベンチに腰を下ろす。

「用意してある分では血が足りないな……君、血液型は?」

 唐突に問いかけられたが、彼は未だに脳が信じられないほど冷静に働いていたため、特に驚くでもなく「Aです。使えますか?」と返す。
 それを聞いた医師は胸をなで下ろし、問題ないと身振りで示す。

「じゃあ、悪いけどちょっと待っててくれ」

 医師はどこからか持ってきた医療器具を用意し、思い切りよくナイフを引き抜いた。そのままてきぱきと小夜の上着を脱がせる。その動作をぼんやりと眺めていた紋次は、思わず顔を赤くして目を背けてしまう。
 確かに、男二人と気を失った半裸の少女が一緒にいるという光景は、例え医療器具と夥しい出血を鑑みても社会的に宜しくないものだろう。目を背けたくなるのも当然だ。しかし、紋次は視界の隅で捉えた違和感の所為でまじまじと彼女の素肌を覗き込んでしまった。

「これ……一体、何ですか」

 彼が指しているのは、小夜の柔肌に刻まれた痛々しい傷の数々。未だ癒えきらない傷から跡の残った傷まで、刀傷から打撲傷まで、多種多様な傷が点在していた。更によく見れば、短いスカートから露出した脚にも所々変色した部分や傷痕が見られる。

「想像通りさ。いつも無茶なことばかりするんだ、ウチの姫君は。新しく見つけてきた王子様がちょっとは落ち着かせてくれると良いんだけどね。ああ、そうそう、私は黒瀬(くろせ)って言うんだ。これから宜しくな」

 普段の紋次なら「誰が王子だ」と突っ込みを入れるところだが、小夜の傷痕から目を離せず、簡単な挨拶に対する適当な返事しかできなかった。
 軽口を叩きながらも作業は進む。既に止血が終わっていた。輸血用パックから小夜に少しずつ血を注入。色を失っていた頬に次第に赤みが差していく。

「……よし。君、腕をまくってこれで拭いておいてくれ」

 渡されたのは鼻に付く臭いのアルコールを染み込ませた脱脂綿。言われた通りに腕を拭いて腕を差し出す紋次。黒瀬は注射器を取り出して採血を始める。プラスチック製の容器に自分の血が吸い込まれていく様に、紋次は何故か見入っていた。
 輸血を終えると、黒瀬は包帯を取り出して「君、巻いておいてくれ」と渡す。驚き拒否すると、「ちまちました輸血は意外と疲れるんだ」と宣う始末だ。

「……分かりました」

 恐る恐る小夜の上半身を抱え、包帯を肩と腹の傷口に巻き始める。因みにこの時、黒瀬が「計画通り」とでも言わんが如くの笑みを浮かべていた。
 重度の緊張の所為か、作業に慣れない所為か、それともそのどちらもかもしれないが、紋次は黒瀬の予想以上に手間取ってしまい、その間に小夜が目を覚ましてしまった。

「……。……」

 ある者は同年代の男が目の前にいる事に絶句し、自分の格好に気付いて更に言葉を失い。
「……。……黒瀬さん?」

 ある者は己がどういう状況にあるか理解し、助けを請い。

「いやはや、これは予想外だ。困ったね」
 この状況を作り出した張本人は、悪びれる様子もない。

「――きゃあああああぁあ!?」

 早朝の公園に、少女の黄色い悲鳴が響き渡った。

●●●●●

「この辺りの筈だな」

 山の中腹辺り、真昼の太陽が照り付ける光もかなり遮断された神社跡地。既にその地の建造物も取り壊され、あるのは最近建てられた電波塔だけだ。
 諏訪原は現在、この神社跡地に完全体相当のデジモン反応があると聞いて、削除(デリート)のために向かっていた。しかしながら、目的が神社『跡地』である上、電波塔など幾らでも建っているため、正確にはその位置が分かっておらず、困り果てていた。

「はてさて、座標的には合ってるんだがな。何か感じるか?」
《……いや、何もないな。丁度すれ違いになったのかもしれない》

 デジモンの存在に関しては人間よりも彼等の方が鋭敏だ。諏訪原は胸元から返ってきた否定に生返事を返す。
 各方向に注意を向け、何時何処から敵デジモンの襲撃があっても対応できるように備える。ムゲンドラモンはまだリアライズさせない。究極体の姿を見せれば、恐らく敵はすぐに姿を隠してしまうだろう。

《――来るぞッ!》
「リアライズ――ムゲンドラモン!」

 唐突にぶつけられた殺気を感じ取ったムゲンドラモンが警告を発し、一拍遅れて反応した諏訪原がムゲンドラモンをリアライズさせる。
 彼等の目の前に現れたのはつい昨晩見た竜殺しの爪。持ち主の体色こそ違うが、その能力に差異はない。

「『ドラモンキラー』!」

 熱波を伴う爪の一撃がムゲンドラモンを襲う。辛くも受け止めたムゲンドラモンの爪が三本纏めて折れる。

「ウォーグレイモン!?しかし、反応は完全体相当だと――」
「――敬!パーティションを!」

 対竜型が相手ならば、竜型を取らなければよい。ムゲンドラモンに応じた諏訪原の宣言と同時にムゲンドラモンは二体のデジモンに分離。ウォーグレイモンの第二撃を空振りさせる。

「手加減はしない!『ダウンローダー』起動!」

 オオクワモンとワルもんざえモンが、それぞれ別の光に包まれる。ウォーグレイモンはそのまま進化の終わりを待つ。それは自信の表れからのものか。

「ヘラクルカブテリモン!やれ!」

 鉛色の外骨格を、輝きを放つ金色のそれへと変えたヘラクルカブテリモンが、四つの掌にエネルギーを溜める。

「『ハイメガブラスター』ッ!」

 僅かな間にエネルギー弾が生成し、四つの光球がウォーグレイモン目掛けてゆったりと放たれる。ウォーグレイモンは背のブレイブシールドを前面に押し出し、光球を全て受け止める。四つ連続して巻き起こる閃光の合間からブレイブシールドを覗き見ると、焦げ一つ付いていない。

「平均的なウォーグレイモンに比べて攻撃・防御共に段違いだな」

 確かに平均的なウォーグレイモンよりも数段強い個体であることは間違いないが、それで困り果てる程のことではない。森はヘラクルカブテリモンとメタルエテモンの領域だ。

「敵を攪乱しつつブレイブシールドのない方向から攻撃しろ!」

 メタルエテモンは木々を自由に飛び移り、ヘラクルカブテリモンは最速と名高い素早さでウォーグレイモンの反応できない位置へと移動し続ける。僅かな隙に小さな攻撃でダメージを与えようと試みるが、しかしブレイブシールドの守りが無くてもこのウォーグレイモンの装甲は強靱だ。傷一つ付けられないまま諏訪原のデジモン達の体力だけが減衰していく。

「……。……『グレートトルネード』ッ!」

 向かう方向は真下。地面に爪を立て独楽のように回転する。究極体二体の小さな攻撃を弾き返しつつ、熱風による竜巻を引き起こす。

「ぐっ……『バナナスリップ』!」

 竜巻に行動を制限されつつも、渾身の力で放ったバナナの皮――敵の技の発動を阻害するクラッキングプログラム――が、ウォーグレイモンの回転を止めさせる。回転を止めたウォーグレイモンはヘラクルカブテリモンよりも速いのではないかと見紛うスピードで体勢を立て直し、新たな技名を口にする。

「――『ガイアフォース』」

 この場で放たれたガイアフォースは本来のそれではない。小さな熱球を連続で投げつけたのだ。それは丁度、先刻のハイメガブラスターと同様のサイズ。
 本来、ガイアフォースは大地からエネルギーを集め、巨大な球体にして敵に放つ技だ。そのため通常なら『溜め』が必要なため、一対多の戦いで用いることは出来ない技だ。その欠点を、火力を犠牲にしてこそいるが、小型にして放つことで補っているのだ。

「『ハイメガブラスター』!」
「『ダークスピリッツデラックス』!」

 四つの光球と熱球がぶつかり合い対消滅。放たれた計八つの熱球の内残りの三つを黒い稲妻が消滅させるが、逃れた一つがヘラクルカブテリモンの腹部に直撃。強靱な外骨格に守られていない急所を突かれ、金色の甲虫は鈍い色の鍬形虫へと姿を変える。
 狼狽える諏訪原に、ウォーグレイモンが声をかける。

「……デリートはしない。ロードも同様だ。速く立ち去り、『組織』に伝えろ。二度とこちらに干渉するな、と」
「ふむ。確かに、戦闘力のみの頭でっかちではないようだな」
「それなら――」
「――だが、それは出来ない相談だ。お前達の常識では分からんだろうが、こちとら戦闘力で自分の足元に及ばない上司に逆らえない身でね」

 諏訪原の口元に笑みが宿る。

「さあ、お前の竜殺しの一撃と俺の最強の一撃、どちらが先に届くか勝負しようじゃないか」

 地面で立ち上がろうともがくオオクワモンと、メタルエテモンから退化したワルもんざえモンを一瞥し、諏訪原は宣言する。ウォーグレイモンは諏訪原の提案に乗ったのか、彼の動向を静観し動きを見せない。

「ワルもんざえモン!オオクワモン!ジョグレス!」

 鉛色の巨体が出現する。昆虫型でもパペット型でもないが、確かにその二体が合体した姿だ。

「成る程……体力も回復するのか。お前の提案には乗らない方がよかったかもしれないな」
「今更後悔しても遅い。まだ終わりじゃないぞ……『ダウンローダー』起動!」

 紅色の光がムゲンドラモンを包む。より攻撃的に、より戦闘向きに。

「カオスドラモン!ハイパームゲンキャノンで蹴散らせ!」

 大地に足を着けるや否や、カオスドラモンはキヤノン砲の焦点をウォーグレイモンに合わせ、エネルギーの充填を開始する。
 対するウォーグレイモンもまた、敵の砲撃に先行するため、充填の開始と同時に大地を蹴る。

「これで終わらせる!『ハイパームゲンキャノン』ッ!」
「どうあっても退く気はないということか――『ドラモンキラー』ッ!」

 瞬間、嘗て神を祀った神聖な土地に、大爆発が起こった。
Lorem ipsum dolor sit amet, consectetur adipiscing elit.
コンテンツに戻る