ChapterⅣ -The Virtue- - ぱらみねのねどこ

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ChapteⅣ -The Virtue-

 声を聞くと同時に、服を突き破って、三対六枚のコウモリのそれのような翼が顕現した。 
「土壇場で更にベルフェゴールに近づいた!?おのれ……!!」
 向かい合う旧友/仇敵は、その長い爪が折れてしまわんばかりの力で拳を握り締める。奴の顔に浮かぶ表情は、向こうから見れば都合のいい覚醒を果たした俺に対しての怒り――そしてその怒りは、すぐに賞賛へとシフトした。
「流石は我がライバル!姫君を手に入れるには、悪いドラゴンを退治せよと言う訳ですね!クク……ハハハハハッハッハハ!まるで英雄單の様ではありませんか!」
 コロコロと表情を変える目の前のデジタル・モンスターは、本当に壊れてしまっているのだと、記憶や情報のみならず現実でも再認識する。
「いいでしょう!であるならば、彼女を奪い合うのにこの舞台は至高!自分が欲しくば、貴女の力の一端を蹴散らし、貴女の元に辿り着けと!そう仰せなのでしょう!?」
 ジャンク野郎が大手を振って降り被ると、先輩の顔を覆っていた腕がするすると彼女を解放していく。翼を生やした俺を見て一瞬当惑した様だが、状況はすぐに飲み込んだようだ。
 一瞬悲しげに目を伏せた後先輩が続けた言葉は、再びバルバモンを激昂させた。そしてそれは、ベルフェゴールと同調している俺の堪忍袋の尾を切れさせた。
「後輩……お前を、信じている。……私の誓いを忘れるなよ」
「おぉのれ!貴様、未だ持って我が麗しの乙女を誑かす――」
「――これ以上その口で喋るな!その想いを愚弄するな!」
 飛行するバルバモンに急接近して右腕を振り降ろす。翼の動かし方は、当然の如く理解っていた。
「馬鹿の一つ覚えの様に――!幾ら空中戦が可能になったところで、猪突猛進一辺倒ではどの様な戦にも勝てはせぬぞ小童ァ!」
 戦いの舞台は大空へと移行した。奴は遠隔で操作する亡者の腕と死の光線を、俺は右腕の鈍器と氷の火柱を絡めて。
 バルバモンの戦いは緻密だった。地上のみならず空中までもが戦場だ。最早この例えが適切かは分からないが、言うなれば格闘ゲームで設置技を巧みに駆使するかのような戦い方。対して俺は一撃必殺のパワーファイターと言ったところか。まあ、向こうも即死技を持っている上に連発してくるのだから、空中を自在に動けるようになったといっても始末に負えないが。
 流石に空中に腕が出現することこそ無かったが、光線を回避すれば近くなったビルやその残骸から俺を拘束しようと無数の腕が伸ばされる。その亡者共を剛腕でへし折り振り向きざまに鎖をバルバモンに放り投げる。しかし地に足を着けているならば兎も角、制空権を互いに奪い合っている現状では、どちらの技も致命打にはなり得ない。最悪先輩の校則を無理矢理破壊しての離脱も視野に入れたその時、あからさまに場違いな見栄が辺りに鳴り響いた。
「ハア~~~~ハッハッハッハッハ~~~~~~~!天界の貴公子!力天使ヴァーチャー――クラヴィスエンジェモン!ただいま参上!さあ、英雄が救うべき麗しき乙女はいずこ!?」
 俺とバルバモンがいる位置よりも更に上空からの声。一瞬敵手とすら目を見合わせて上を見ると、三対六枚の銀翼が、その身に纏った鎧と不可視の何がしかで繋がった人型の天使。名乗りを信じるならばクラヴィスエンジェモン。すぐさま脳裏でサーチをかけるが、力天使などベルフェゴールにとって木っ端にすぎなかったのか、ヴァーチャーという天使の階級の存在しか思い当たらない。
 またしてもバルバモンと同時に足下の方を見やると、桐彦と海魔も会話を止めて俺達を――正確には更にその上のクラヴィスエンジェモンを見つめている。
 そんなこの場の誰もの当惑を一切意に介さず、クラヴィスエンジェモンは場を一通り眺めた後、超ハイなテンションで語り出した。
「ややっ、異常な力の波動を辿ってみれば、よもや七大罪の悪魔共の半数が揃い踏みとは!これも主のお導きに違いない!世界に存分に英雄としての道を示せとの慈悲深きお告げ!はぁ~有り難や~有り難や~」
 天使がその信仰していいのか、オイ。
「……この状況で聞くのもアレだけど…………アイツ、何?」
 余りに弛緩した空気に、思わず聞いてしまった。
「ええと……何と申しますか……」
 対するバルバモンの声すら戸惑いを隠しきれない様子。しかしどうやらこの場にいる神魔であればコレの素性は知っていたようで、答えは下の方、鰐から帰ってきた。
「アホよアホ。ヴァーチャーの中でもとびっきりの大馬鹿。ボーヤもそこまで来たんだったら知ってるんでしょ?――アタシ達が今のカタチになった過程。アタシ達が幻想になる前からそうだったからか、多分だけど他のヴァーチャーを全部裡に溶かしても変わらなかったのね。堕天してないヴァーチャーでは、現存する最後の一人でしょ、多分」
「ええ……この際だからお教えしますが、ヴァーチャーと言うのは元々ヒトの英雄に訓辞を与える存在です。ですがソイツは別、何をトチ狂ったか、自分自身が英雄となることを求めた英雄狂です……昔から彼が出ばると、あらゆる場が引っかき回されロクなことになりませんで……。しかも現世にいるということは恐らく我々と同格であると見積もった方がいいでしょうね……頭が痛い」
 まさか敵二人から情報が聞けるとは思わなかったが、どうやら芳しい感情は抱いていないようだ。向こうの味方に加わりそうになく少しばかり安心したが、しかし天使と言えばこちらはスラッシュエンジェモンの――パワーの襲撃を受けたばかりの身だ。予断の許されない状況である事には代わりはない。
「お、おう――で、何しに来たんだよ、テメェ」
 殺気を向ける。追体験してきた記憶の中で、バルバトスを幾度も吹き飛ばしてきた程度の重圧は出ていると自負できる。しかし力天使――最早変天使とでも呼ぶべきか――は全く動じない。
「おおう、怖いな。よく分からんことになっている少年――少年?だが案ずるな!私は何時の世も人の味方!悪魔の力を借りてまで、化外と戦う君もまた英雄と認めようではないか!そう、悲劇の英雄だ!そして――!」
 大仰に右腕を振り広げ、真っ白な甲冑に包まれた手の中に一本の鍵を顕現させる。そのまま緩慢な動作で鍵を地面の方に――向けられた先は、先輩だった。
「!野郎!」
 油断した。未だ油断できぬ状況であると理解した上で虚を突かれた自分にふがいなさを感じつつ、全速力で斜線上に割り込んだ。そして続くクラヴィスエンジェモンの声は、頭上ではなく背後から聞こえてくる。
「可憐なお嬢さん。怪我はありませんかな?私が来たからにはもう安心だ――」
 振り向けば先輩の拘束が解けており、あまつさえ彼女の前に膝を突いてその腕を取り、手の甲に兜で覆われた顔を近付けようとしていた。
「え、いや。ああ。助けてくれたことには礼を言うが――やめて。いやホントに」
 先輩は取られかけた手を引っ込めて胸元を押さえる。どうやら気味悪がっている様で、先程まで弱音一つ吐かなかった彼女がいまや「こいつ何とかして」と言わんばかりの視線を送ってきている。
「フフ、乙女よりの感謝こそが英雄の喜び!聞け、皆の者!これよりクラヴィスエンジェモンは彼女とそのナイトに味方する!彼らを付け狙う者は、我が鍵剣――ザ・キーの錆となると心せよ!」
 フられたにも関わらず大見得を切っている間、銀翼が微かに明滅したかのようにすら感じられた。
「あー……今日もスイッチ入っちゃってるわねえ。アタシ、ちょっと懐かしくなったわ」
「仮面で隠れているとは言え、その目は節穴かと疑いたくなりますね……」
 いつの間にか立ち位置を変え、合流を果たしていた二体が、各々の武器を構えながら愚痴を漏らしている。
 そして、最後にクラヴィスエンジェモンの関心を引いたのは残された桐彦だ。その彼は――。
「あ、俺もそっち陣営なんでそこんとこ死苦夜路ピョン」
 ――器用にも首から上だけ見慣れたものに戻して、ちゃっかりバイクを駆ってこっちに来ているところだった。この場のキーパーソンであるクラヴィスエンジェモンは満足気に頷いて桐彦を迎え入れる。
「むむむ、君もまた嘆きの運命に抗う者か!善いだろう!その身に宿す力は魔性なれどその意志高潔也!共に戦おうぞ少年!」
 悪魔の力で悪魔と対立するなんて凄いね君(意訳)。
 多分。俺の時と同じ感じだしきっとそう。
「オウイェース。オレサマ背徳の咎人いぇーい」
「ちょっと扱い雑過ぎるんじゃないか?」
 とは言え俺も桐彦の様に第三者的な立ち位置からコレに絡まれたらそんな辛辣な対応になる気がする。軽んじられる当人はと言えば「何たる塩対応……!しかし英雄とは得てして報われぬもの……!」等とわざとらしく兜を押さえているから特に問題も無さそうだ。
「あらヤダ、ちょっと呆けてる間に形勢逆転されちゃったわよ奥様」
「ヴァカーチャーの登場は誰にとっても想定外でしょうよ……やむを得ません。わたくしは撤退しますが、貴女は?」
 陣営分けが決まった直後、敵陣は逃亡の算段を始めていた。――よしんばクラヴィスエンジェモンをイレギュラーとして戦力外にしても、「節穴」やら「英雄狂」やらの言葉から、恐らく先輩の身を守るぐらいのことは期待してもいいだろう。三体二の戦力差を活かし、この場で最低でもバルバモンを仕留める。ベルフェゴールへの憐れみでも勿論あるが、そもそも先輩への襲撃者を生かしておく道理はない。
「逃がすかよ、バルバモン!お前はここで殺す!――ランプランツス・タオゼント!」
 一切の予備動作無く、数え切れない程の鎖を同時に射出した。背後の空間を歪曲させて現れたそれらには、初めから氷の火柱を纏わせてある。コンマ以下の秒数でバルバモンの付近へと乱れ打たれんとする鎖の先端。
 直線的な動かし方しかできない鎖だが、それならば黙視からは回避できない速度で氷の火柱を発動させ、面で制圧すればいい――。千に届くかと思しき火柱の集合体が猛進する。
「あぁん。アタシまで食べようなんて欲張りさんね。そういうの嫌いじゃないわ。ロ・ス・ト・ル・ム――ッ!」
 先に着弾したのは巨体故突出していた魔獣の方。魔王との同調で更に威力と速度を増した魔技が赤桃色の体躯を焼き焦がす。狙い通り対応が遅れたようだが、その後開かれたブラックホールの如き大口から、膨大な冷気と熱量は胃袋の中にすっぽりと飲み込まれる。
 僅かなダメージ程度しか与えられなかったものの、それは折り込み済みだ。幾ら強化されたとは言え、カス当たりでデジタル・モンスターを倒せるとは思っていない。何せ俺もその力の一端を担うようになったが、相対するは神話に語られる者らだ。その程度のことはしてくるだろう。
 本命はもう一体のデジタル・モンスター。しあし、その本命は当然の如く回避不可の千撃を回避してのけた。
「逃げられないとでも――?」
 目標に炸裂することの叶わなかったエネルギーは次第に減衰、通り道を砕き割りつつ消退した。
「な――!?」
 思わず絶句する。紛れもなく今のは全身全霊、最高の攻撃であり、どう見ても回避不可能なタイミングだったはずだ。
「やめておき給え少年。君が相対するはイスラエルで魔術王の法下にあった中でも特に精強なものだ。幾ら外道に堕ちたところで、それだけでそうそう倒せるとは思わぬことだ」
「その馬鹿の言う通りですよ我がライバル!次に相見えたときが貴様の最後と知るがいい!」
「ちょアンタ抜け駆け!?アタシだけ置いてくとかやめなさいよ!」
 俺の攻撃を瞬間移動か何かで回避したバルバモンは、その言葉を辺りに響かせてそれきり姿を見せなかった。
「かっこいいことをする度に『さすがわがライバル……』と言い合うのだな!私は知っているぞ!」
 俗世に染まりすぎだろこの天使。
「チッ……ならお前だけでも――」
「アタシだって三対一でどうにかなると思うほど愚鈍じゃないわぁ。そぉれ――ロ・ス・ト・ル・ム――!」
 開かれた魔顎は、巨体をかろうじて支えていた足場に向けられた。掃除機に吸い込まれる埃かのように道路の残骸が
 吸い込まれ、リヴァイアモンの足下に深淵が開く。オフィス街の道路の真下に存在していたらしき地下空洞に奴が着地した地響きに続いて、嚥下の音が足下から伝播する。
「バイバイ。ボーヤ達。アンタ達なかなかチャーミングだったわよ?また会いましょうね?」
 人間の姿を取ったのだろうか、微かに感ぜられていた魔獣の気配が消失した。
 奴が沈み込んだ大穴を前にして、俺を含め3体のデジタル・モンスターと先輩が残された。敵意を持った存在がいなくなったことを察し、腕の変化を解いて背中の翼をしまった。任意で動かせる以上、いわば腕が一本増えたようなものであろうが、しかし脳が新たな運動器の処理に苦戦することもないようだった。
 正直なところ、リヴァイアモンにだけでも追撃をしかけたいところではあったが、流石に街の地下にこの様な空洞が存在しているとは思いも寄らなかった。戦闘になれば崩落の危険もあるだろう、先輩を連れて行く訳にもいかない。そもそもこの場には不確定要素もいれば、色々と問いただしたい奴もいる。
 それでもまずは。
「とりあえず、無事で良かった……先輩」
 思いがけない増援が二度ほど来たとは言え、彼女を襲撃者から防衛できたことは確かだ。それを喜ぼう。
「ああ、助かった。ありがとうな、後輩……そして、お前こそ無事で良かった」
 互いに見つめ合って数刻、我ながら甘ったるい空気が流れたと感じ始めたところで、傍らでそれを遮るかのように、咳払いから会話が始まった。
 わざとらしい咳払いの後に桐彦が力天使のデジタル・モンスターに投げかけたその問いは、何よりも俺達が知りたかったもの。
「んで、そいつ等に味方するってんならよ、教えてくれやクラヴィスエンジェモン。この状況――この前やり合った能天使は『戦争』っつってたがよ――どうすりゃ収束する?」
 先輩も俺も、問いかけられたクラヴィスエンジェモンに――ここまでで唯一、完全に俺達の味方になると宣ったデジタル・モンスターに視線を集中させた。

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