ChapterⅣ -The Greed and Envy②- - ぱらみねのねどこ

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ChapterⅣ -The Greed and Envy②-

 所有する万魔殿の最奥。玉座兼寝台であるそこに横たわったまま、俺は来訪者の知らせを受けていた。部下の悪魔に寄れば、それは防衛線を突破して今にもこの寝室に来るのどうのと。そんな報告を目を半開きにして聞き流し、俺は言った。
「……よきにはからえ」
「は?ええ、はい?ですから城が攻められているのですから魔王様に出ていただかないことには――」
 怠惰の城にいるには似つかわしくない勤勉さでまくしたてるその部下の言葉は、曰く侵入者の攻撃によって最後まで続けられない。
「ベルフェゴール、貴様の魔軍の長に成り得る力――この私が貰い受ける!」
 威勢良い裂帛の気合いと共に放たれた魔弓――この時俺既に目を閉じていたので弓かどうか定かではないがとにかく遠距離攻撃だった――の一撃は、しかし俺の皮膚に些かの傷跡も残せない。
「怠惰の王名は伊達ではないか、だが!」
 小煩いその声は次の行動に移ったようだ。玉座――もうベッドでいいや――の下から邪炎が噴き出してきた。全身に纏わり付くその炎を浴びて、少し前にルシファーから聞いた話を思い出した。――その時のことも夢か現実か覚えてはいないのだが。
「あ~、ベッドが……」
 即ち、つい先日――俺の体感時間は当てにならないのでとりあえず先日とする――空席だった"強欲"の席が埋まったという話題。人間狂いのあの男も魔界の運営というのは大変だななどと重いながら、無理矢理連れて行かれた"強欲"の王領の気配を覚えている。
 俺の前のこの悪魔の気配が、紛れもなくその王領の気配を濃密に漂わせていたが、そんなことよりもベッドが燃え散等されたことの方が問題だった。
「ああいや、問題じゃないな。このまま寝よう」
「~~~~どこまで人を馬鹿にするか!」
 そのまま地面で寝ようと思い至ったが、強欲のそいつはキャイキャイと騒ぎ立て全く喧しい。
「喧しい。寝せろ」
「は――?はああぁぁぁぁ――!?」
 目を開けて一睨みしてやると、発生した暴風に耐えきれなかったのか"強欲"の声は小さくなっていった。これで漸く眠れる。
 しかし万魔殿が壊れてしまったな……まあいい。どうせルシファーが人を寄越して、次に目覚めた時にはまた建て治っているだろう。ベッドは最優先で作ってくれるはずだから、きっと言い夢が見られるだろう。


 だが生憎とノルニルは俺に恨みでも持っていたらしい。系列違いだが向こうは女神だし仕方ないが。
「何故だ!何故勝てない!寝ているだけで魔力が貯まるなどあり得るものか!あらゆる財宝はこの手で見つけてこそ意味があるのだ!例えそれが権力であろうと魔力であろうと!」
 犬の口から火を噴き出した蛇の体のその悪魔は頻繁に"怠惰"の王領を訪れるようになってしまった。都度返り討ちにしているが、最近では少しはマシになったのか睨んでも飛んで行かなくなったので放置して寝ることにしている。
 しかし、こいつがくる度に壊れる城を直しに派遣されてくる宰相配下のマルパスが泣いていたので、総大将もこいつの上司としてしつけでもしておけと思わんでもない。
「知らん……お前も寝ろ」
 地獄の皇帝ルシファー配下、大将軍サナタキアに仕えるこの悪魔の名はアモン。同僚のバルバトスと"強欲"の原罪の座を競いあったと言われている――らしい。七大罪を司る魔軍の長であるという点では"怠惰"の原罪を司る俺ベルフェゴール、トップのルシファーやナンバー2のベルゼブブと同じ階級にあると言える。
 目下の大問題としては、そのアモンこと年若い侯爵が最古参たる俺に、ことあるごとに絡んでくるようになってしまったことだ。
「く――見ておれ!私とて魔王の称号を与えられた身!貴様とは同格に値する!いずれその力!この手中に収めてくれる!」
 おう。がんばれ。俺は寝る。
「……。…………。………る」
 声は殆ど出なかったが、まあともかくアモンの"強欲"への就任から数万年に渡り、奴が俺に突っかかってきて俺が奴を軽くいなすという付き合いは続いた。俺が食事その他のため千年に一度目覚める時は要領良く俺の前から姿を消していたため、奴との明確な記憶はない。
 しかしそれでも"怠惰"の元に足繁く通者など、ルシファーを除けばアモンしかおらず、間違いなくこのじゃれ合い(向こうは本気で殺すつもりだったのだろうが魔王と列せられてからの年期が違う)を楽しく感じていた俺がいた。その記憶は人類が神魔幻想の干渉をはねのけ、死ぬこともできず完全な"無"の世界に押し込められていた永い時の中でも、とても心の支えになったものだ。
 ――現世に舞い戻り、飢えながら眠り続ける今でさえ、その存在を覚えていられる程には。俺は奴に親しみを覚えていたのだ。

○○○○○

 目が覚めたとき、俺は再びあの空間にいた。彩利先輩のような白い女が張り付けにされた、悪魔を模したかのような十字架の前で立っていたのだ。
「今のは……?」
 記憶を辿ってみれば、最新のそれはバルバモンとの戦闘ではなく、名も知らぬ悪魔を懐古し――名前はアモンだが、そんな名前、聞いたことはない――慕情に浸っていた。そして気付けば、涙が頬を伝っている。俺の意思とは関係なく流れたそれは、十字架から延びる薄明く照らされた道に染み込んで消えていった。
 デジタル・モンスター同士の戦争に巻き込まれ、ルイから色々と話を聞いた今ならば推察できる。ここは俺の領域で、魔王ベルフェゴールとやらの領域であるのだろう。集合的無意識に潜航した俺が辿り着いた神魔の領域。明析夢のレベルよりも深い無意識下の、何が起こっても不思議ではない世界。
 だからあれは恐らく、ベルフェゴールの記憶。この世界を通じて俺の意識に流れ込んできた、遙かな昔の思い出なのだろう。俺と戦っていたバルバモンがバルバトスで、何故か友と思っていたアモンが出てきていない。
「目覚めたら友達がいなかったんだもんな……そりゃ辛いよな」
 もし、俺が怠け癖を発症して、目覚めたときには桐彦が居なくなってしまったらーー。現代でこそ携帯やネットという連絡手段もあるが、当時はそんなものあるわけもないし、そもそも連絡を取りたい当人が居なくなってしまったらと思うとぞっとしない。
 しかし、それは今の涙の理由についての推論であり、戦闘中に去来した、哀れみとも呼ぶべき感情の説明には成らない。眠りながら飢えている――眠ったままでも外界を知覚しているであろう――ベルフェゴールが友を失ったと考えているのならば、バルバモン――バルバトスに対しては怒りを抱くべきだろう。友の座に図々しくも居座っているのだから。
 答え合わせをしにルイが来る訳でもなく、このまま過去の神魔共について考えていても益体ないと、ここから脱出してバルバモンを倒す方向へと思考をシフトさせようとする直前、その声は頭上から響いてきた。
「然り、君の考えは一部正しい。だが、満点は与えられぬな」
 己以外の全てを軽んじているかのような、軽薄そう且つ粘着質な声。若い男のテノール域で囁かれるその声は頭蓋を震わせるかのように頭の中から聞こえてくる。
 その声を聞いた途端、感じていた慕情や憐憫は全て吹っ飛び、代わりに嫌悪感が胸の裡を埋め尽くす。まるで台所によくいる黒光りするアレを目撃したかのようなその感情は、驚いたことに声の主に見抜かれた。
「おやおや、私とて傷付かぬ訳ではないのだぞ?その様なGを見たかのような視線を向けられてはな」
「おまGって。いつの時代の人間だよ――いやいい。神魔の、デジタル・モンスターの何かだってのは分かってる」
 軽く死語に突っ込むと、押し殺しもしない苦笑で返された。
「く、先に私の発言を潰さんでくれよ。構わんがね。そうだな。私は君の疑問に答えを与えるために接触してきたのだよ。そう訝しそうな顔をするな。現状私は君の味方と呼んで差し支えない立ち位置にいると宣言してやろう」
 俺の中の記憶。無意識下で――つまりはこの世界、領域を介して繋がっているであろうベルフェゴールの意識が、そこに嘘がないことを教えてくる。
「私の名・正体については、時がくればいずれ思い出せるであろうさ。くく、現状でも既に私に対するベルフェゴールの感情程度は引き出せているようだからな。ああいや、君も急いでいることだろう。君が自信の領域へと潜航したのは私が介入私が働きかけたためであり、この領域での出来事は現実の世界で些かの時間も経過させぬとは言え、しかしながら愛しきものの危機に馳せ参じ得ぬというのが苦しいという感情は私にも用意に推察できる故」
 推察できる、だと?
 男の発言が一々勘に障る。できることならば、嫌味たらしい言葉をさえずり立てるその喉笛を切り裂いてやりたい。
 なにせ、この男はよりにもよって俺の先輩の危機を案じる想いを見透かせていると、そう公言してはばからないのだ。森羅万象ありとあらゆる想いを凌駕する深度での愛を謳い誓った俺の前で。
「くく、そう怒りを露わにされてはな。いやはや恐ろしい。私は直接舞台に上がる質ではないがため、君と対峙しては身が竦んでしまう。まさに蛇に睨まれた蛙か。尤も、君達人類が生み出した神話に準えるならば、私やルイ=サイファーの方が蛇と呼ぶには相応しいという事実は捨て置く訳にはいかぬがね」
 瞳を閉じて神経を研ぎ澄ませる。声の主が存在する箇所を見つけ出し、氷の火柱を叩き込み、この下らぬ語りべを滅ぼすために。
 ここが一面的にとは言え俺の領域であるというのなら、侵入者の存在の一つや二つ感じ取れるはずだと確信しながら、蟻一匹見逃さぬと断言できる関知範囲を広げていく。
 俺の胸の裡はこの男への怒りで埋め尽くされており――まるで司るの罪が"怠惰"ではなく"憤怒"でるかのように――奴の言葉の殆どが耳に入っていなかった。しかし続く一言だけは、頭から氷水を被せられたかのような、それどころかそう、まるで全身の細胞が一斉に凍り付いてしまったかのように俺の全身を駆け巡った。
「ベルフェゴールの残滓……いや、破片程度の感情に振り回されるな。真に想い人を救いたくばな」
「……何様のつもりだ」
 場のイニシアチブを握っているのは依然としてコイツだ。しかしコイツ自身の力はそう大したものではないと俺――"怠■の■■■うもの"――は知っている。一撃当てられれば、それでこのデジタル・モンスターは消滅する。
 そしてそれ故に、コイツの発言は虚実綯い交ぜだ。未だこのデジタル・モンスターの原点の名の情報を引き出せぬものの、コイツは身の安全の為、或いは友と認めたものの為、はたまた己に奉ずるものの為ならば誠実であることは「今」識った。
「私が君に、真実を伝えてやろう。それを以て、我らあまねくデジタル・モンスターへの理解を深め給え。
 君が行おうとしているそれは、人類史に真正面から逆行する愚挙と呼んで差し支えない。正に、深海に潜航する淡水魚。地面に恋慕を抱く猛禽。つまるところ、人類という種は、遙かな昔より、単身それ以上の位階に達することはできないと定められている。それが血筋であろうと、契約であろうと、主従関係であろうと――我ら神魔の協力なくして、人間は高見へと飛翔できぬ。
 故に、今のままのお前ではバルバモンに勝利することは不可能だと断言してやろう」
 ……全てを信じられる訳ではない。このまま膠着状態が続けば自分の所在地が露呈するという、このデジタル・モンスターの原点の神魔が最も誠実になる舞台であるとは言え、結局のところ未だ俺に与えられるメリットは提示されていない。
「それでもやるしかねえだろう。仮に俺がバルバモンに勝てなかったとして、そうなればあの人がどうなるか分かったもんじゃない――」
「ク――ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハ!」
 結局の所先輩のためならば何でも成し遂げてみせるという気勢を吐いたところで、嘗て■価■の異名を取ったデジタル・モンスターは哄笑する。――これ以上の知識は、ジャミングでもされているかの様に何一つ引き出せない。
「力が欲しいか?その為に知りたいか?
 我らの――お前の――デジタル・モンスターの――真実を」
 これは悪魔との契約。一度為せば決して違えることを許されない、古来より数多の人間が為してきた、力を得る儀式。
「ああ、欲しいね。知りたいね。その為にお前がどんな対価を持っていこうと構わない――」
 あらゆる神秘がフィクションに押し込まれた現世で、今、新たな神秘が誕生する。
「――但し、先輩と、俺の先輩への想いを持っていこうとするならば許さない。
 俺の全存在を賭けてでも、命尽きる直前であろうともお前を殺す!」
「よくぞ、吼えた。では智慧を授けよう。これもまた、一つの契約なれば――」
 瞬間、俺の意識に一つの情報が叩き込まれる。

○○○○○

 針斗が自身の領域に招かれるまでの空隙。バルバモンとの戦闘が行われていたのと同じ頃。
 ベルゼブモン――桐彦は襲い来る多くの瓦礫の対処に追われていた。
「だあ糞!めんどくせえなぁ――ダークネスクロウ!」
 嫉妬の海魔がその尾[Cauda]を振り回すだけで、辺り一面が飛び散った地面やビルの破片で埋め尽くされる。桐彦は跨ったベヒーモスを自動操縦に任せ両手を開け、二丁拳銃で逐一撃ち落とし、漏れを魔王の鋭爪で両断する。
 瓦礫の何れが命中したところで些かの痛痒にもなり得ないが、桐彦は対峙するリヴァイアモンと比して小柄だ。故に宙を舞う大小さまざまの瓦礫に視界を阻まれる。
「そんなこと言いながらアタシの攻撃を全部避けるなんて信じらんないわねえ。やっぱり蠅は蠅のまま素早いのかしら」
 謳う海魔は楽しげだ。魔顎と大尾を振るい、時折数発の紫電を迸らせながら笑みを絶やさない。
「それにしても、アンタよくそれでベルゼブブを食らえたわねえ。アンタの裡から溢れ出るその感情、オーラ。そこのバルバモンにも劣らない程の嫉妬のオーラよん?」
 その言葉に、敵対者への断罪の意をたぎらせた桐彦の瞳が揺れる。
 即ち。――何言ってんだ、コイツ?と。
「……は?」
 桐彦はその風貌に似合わずオカルト方面への造詣が深い。彼が命名したコバエ空間で、腹立たしい男の声から教えられた程度の知識は、言葉にしなかったが無論持っていた。
 それ故、今この場にいるデジタル・モンスター及び、彼とその友人が接触したデジタル・モンスターの名前を聞けば、その原点の神魔へと思い至ることが可能であろう。その神話知識が登場人物当人から否定されるとは思いも寄らなかったろう。
「いやいや、俺を惑わせようったって冗談よしこちゃんだぜ。ベルゼブブは暴食だろうが――ところでお前等こういう言い回し好きなの?」
 そして、思った以上に桐彦が自分達神魔に深い知識を持っていたことに、リヴァイアモンもまた驚愕する。
「あら、よく知ってるわね。お姉さんこれまた吃驚よ……あ、その古くさい言葉が好きな奴は一人二人しか知らないわね」
「いやお前その声でお姉さんはないわー。……いやないわー。オネエさんだろオネエさん。おねーさん連呼し過ぎて俺ぁ岩タイプのジムリーダーかっての」
 最早銃を降ろした桐彦の煽りに、リヴァイアモンも攻撃の手を――尾を止めて牙を剥き出しにして会話に興じる。
「ん黙らんかいこの童がァ!――あらやだ。アタシとしたことがちょっと興奮しちゃったわ」
「おお、古典的なカマ芸じゃんやるぅ」
「ま、いいわ。許したげる。それはそれとしてその知識は何よ、ベルゼブブからぶん取ったの?」
「いや?あの野郎戦闘中に内側から乗っ取ってやったら、最後っ屁とばかりに記憶とか経験とか、力以外の全て持って俺の裡に消えやがってよ。だから全部俺の知識だぜ。例えば――向こうで暴れてる強欲の名前はバルバモンだが、そもそも強欲の座にあるのはアモンだって事とかも知ってる」
 針斗と腐れ縁とも呼ぶべき関係である桐彦もまた、高原彩利と長い付き合いにある。加えて彼は刹那的な思考で、興味を持った事象にはすぐさま首を突っ込む質だ。嫌がる針斗を彩利と共に引きずって、廃墟探索や骨董品探しに邁進したことも一度や二度ではない。
 趣味が合った、と言うべきか。高原彩利が一緒にいて楽しい男を挙げるとすれば、この男は針斗の次、二番手に位置するだろう。自然と彼がオカルト方面の知識を蓄えていったのも頷ける。
「ホントに凄いわね。アンタみたいな人間が沢山いたら、アタシ達もここまで零落しなかったのかしら。……驚かされっぱなしじゃ癪だし、面白いこと教えてあげるわ」
「お、何々」
「さっきアンタが例に挙げた、アモンの席にバルバトスって件だけど、事実と照らしあわせるならば満点はあげられないわ」
 先程早々に銃を降ろした桐彦だったが、既に自分ではリヴァイアモンに致命傷を与えられないことを見抜いていた。なによりサイズが違いすぎる。攪乱や小さなダメージの蓄積は可能だが、持久戦に持ち込まれては一撃で堕とされる蠅の身の方が不利だと悟り、機を見て針斗と彩利ごと撤退するつもりでいる。そのために――自身のオカルト趣味が疼いているのも事実だが――会話を引き延ばして時間稼ぎを試みているのだ。
 そんな桐彦の思惑を察しているのか否か、リヴァイアモンは語り始める。
「そうね……まず、アンタ自分がベルゼブブになったって事は把握してるわよね?」
「まーたお前も回りくどいんかい……ま、いいや面白そうだし?ああしてるぜ?把握。それで?」
 少し前に自分が言葉を交わした腹の立つ声の主を幻視し、神魔幻想――デジタル・モンスターって皆話長いのかな……などと考えながら続きを促す。
「じゃあ次、多分だけどベルゼブブの容姿についてもしってるわよね。ドクロマークの羽に巨大な蠅の体。で、よ?じゃアンタのその格好がどうしてそうなったかは説明できないでしょ?」
「あ?いやいや神話を元にして産まれなおしたんだったら――そりゃ元々のお前等が神話になったときもだろうが――姿も幾らか変わんじゃねーのかよ」
 例えるならば、アダムとイブに林檎を与えた聖書の蛇。ルシファーないしサタンと同一視されることもある彼は、蛇の姿を取って語られている。成る程確かに蛇は悪魔の象徴であるが、しかしだからと言って本当に当時の彼がその姿を取っていたという保証はあるまい。神魔を空想に押し込める際に、姿形をぼやかすのは殊更有用であろうから、ということだ。
「そうね。だから本来の姿と違うのは別にいいわ。でもね、語られる姿からここまでアタシ達が逸脱するのには理由があるの。今回のベルゼブブは、純粋なベルゼブブではない――。そうね……その尻尾とか爪を見るに、アスタロトの竜とでも混ざったんじゃないかしらん?」
「あー……混ざったって、俺の中にベルゼブブが溶けたみたいな?」
「アンタは人間だからかちょっと勝手が違うみたいだけどね。細かいことは研究畑の奴に任せてるから分からないけど――アタシ達がデジタル・モンスターになる前。フィクションという型にはめられ、思考すら曖昧になって、物語の通りの行動を繰り返し続けていたあの無の世界で……消滅を選んだ幻想もいたって事よ。
 人間を憎んだ者もいたわ……ううん、寧ろ大多数。でもね、そもそも、そんなに長い間の空虚に耐えられる者なんて極僅かしかいなかったのよ」
 語られる言葉は寂しげに。そして大多数の神魔幻想が持っていたという人間への憎しみは、彼女――彼からは発せられていなかった。
「……」
 バイクに跨って姿勢を崩したまま、桐彦は沈黙する。それを続きの促しと見たか、魔獣は語り続ける。
「だから彼らは死を選んだ。力の弱かった幻想はもとより、強い者だって例外じゃなかった。何もない、という苦しみから逃れようと、世界から消え去ろうとしたの。
 ……でもダメ。幾ら弱かろうと強かろうと、アタシ達神魔幻想の存在は無謬。何度死のうといずれ復活する。だから、力の有る無しに関わらず、無であることに耐えられなかった心の弱い神魔は、同族に溶けること選んだのよ……思考すら解体されるほどにね。……アタシやアイツ、アンタみたいに、今こうして現世に蘇っている神魔幻想は、その受け皿。同族を受け入れ溶かして、存在し続けることを選んだ心の強い神魔。
 アンタの姿に竜の陰を感じるのも、その影響――それが集合無意識下でデジタル・モンスターと人間が食らい合える理由でもあるから。大公爵殿であり、アンタのガワの副官であった彼――今も居たら彼女かしら?――を取り込んでいるからなのよ」
 内に溶ける神魔の事でも想像したか、一瞬口ごもって桐彦は答えた。
「……向こうさんも同じ感じだってか?」

○○○○○

 そして、俺は理解する。
俺が対峙していたバルバモンは、無に耐えきれなかったアモンが溶けて、その影響を受けたバルバトスなのだと言うことを。今のバルバモンはアモンの「怠惰の力という財を求める」行動理論を曲解し、「怠惰そのもの」を求め、あまつさえそれを愛故のものであると誤認している――。
 集合無意識下、ベルフェゴールの領域への潜航は既に終わり、今再びバルバモンの双眸を見据える。
その瞳に、アモンの面影を認めた。
元よりアモンとバルバトス自体は意気投合していた二柱だ。なればこそ、終の在処をそこに求めるのも道理。
「……。……」
「どうしました少年!よもや諦めた訳でもありますまい!?」
 向こうからは、俺が唐突に押し黙ったように見えていることだろう。……何か言うべきか悩んでいた訳では、勿論ない。
 周囲を窺えば、桐彦が変化したデジタル・モンスターと巨大なデジタル・モンスターは睨み合いを続けている。先輩は半身ほどを闇に引きずり込まれている様子ではあったが、未だ少しだけは猶予があるだろう。
「悲しいよなあ。辛いよなあ。お前達の尺度は知らないけど、それでもアモンの残滓が感じられるからなあ」
「――ッ。……成る程、大方何がしかの手段で私のことを探ってきたようですね……。ですが、それが何だというのです?確かにわたくしは遠い昔に我が友アモンと融合を果たしました。そして今、こうして"怠惰"にアプローチをかけているのも、友の願いを我が願いとして遂行しているのみ!」
 やはり、と俺は呟いた。
「混ざって壊れた友達なんて、見たかねえよな」

 俺は識った。俺と繋がるベルフェゴールの過去を。
 俺は識った。俺と繋がるベルフェゴールの想いを。
 だから、吼える――。

「力を寄越せ!怠■の■■■うもの・真原針斗の名において!お前の代わりにアモンを介錯してやる――!!!」

 相手を識ることは、相手の内面を推し量る材料だ。奴の過去を識り、感情を識り、当事者と向き合い、俺は今嘗て無い程にベルフェゴールに同調している。

 "領域"を介し、確かにベルフェゴールの声を聞いた。

『よきにはからえ。二度と表に出るつもりのない我の代行として、務めを果たせ――』
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