ChapterⅦ -The Superbia②-
Then God said, "Let Us make man in Our image, according to Our likeness.
――そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう」と仰せられた。
――『創世記1章26節』
○
――その理由、お教えしようではないか。
無価値なる男は、渡部桐彦が口を開くよりも先にそう続けた。
「創世記はご存知かね。確かに神話というものは我ら神魔幻想を"無"へと追いやるために君たち人間が作り出したものだが、だからと言って嘘ばかりが記されている訳でもない。
創世記、1章第26節。我らが父なる神は、己に似せて人間を作り出したのだと語られる。
その類似性は一体どこだ?見た目か?力ということはあるまい。それならばむしろ我ら天使や悪魔の方がYHVHに似ているということになる。
ならば答えは一つ。精神性だ。物事の考え方。それは我ら神魔も同様だ。創世記上の語弊はここだな。YHVHは人間だけではなく、あらゆるものを自らに似せて作ったのだ」
ベリアルヴァンデモンの言葉は止まらない。
桐彦は逸る気持ちを抑えつつ、沈黙で続きを促す。自らが胸倉を掴み上げている男が、己の根幹に拘わる真実を語り始めるのを心待ちにして。
「故に、神魔とて、人と同じく"情"を持ち得る。七大罪の悪魔などは最たる例だが……そうさな、単刀直入に言って、ここで重要になるのは『家族の情』だ」
「あん?」
「分からぬか。存外に察しが悪いと言うべきか。それとも私が婉曲的に過ぎるというべきか。少なくとも、もう既に、我が計画にたどり着き得る情報は君に与えたと思うのだがね」
家族の情を持つ神魔。既に与えたという情報。
桐彦の脳内に、集合無意識の世界における会話がフラッシュバックする。
怠惰の花嫁――高原彩利の感情が歪められた原因に拘わる情報と言えば。
「ベルフェゴールが、昔ガキ作ったって話か――まさか」
「君の想像は恐らく正しい。
もう一つヒントをくれてやろう。ベルフェゴールが子を為したのは、現在のドイツにおいての事だ」
理解する。理解する。理解したが――まだ彼は納得していない。
「先輩が、ベルフェゴールの末裔って事かよ」
「然り。しかしまだ納得はいくまい。故にここからは語り聞かせてやろう。出血大サービスという奴だ」
高原彩利は、ドイツから日本に帰化している。故に、ベルフェゴールの継嗣であると言う点の矛盾は多少なりとも解消される。
「ああ、そうすっと、今度は針斗が出てくる理由がわからねえ。
血を引く、なんつー親和性があれば、先輩こそがデジタル・モンスターになっていて然るべきだ。自分の娘守るってンなら、尚更だ」
「簡単な理由だ。己が末裔たる彼女を、ベルフェゴールは人間と同様守ろうとした。されど、あの者は"怠惰"を司る身。自ら現界することは罷りならなかった」
――だからこそ、怠惰[ベルフェゴール]は選んだのだ。
――自らの力を振るい孫娘を守る、騎士[ナイト]役をな。
「彼女がその騎士[ナイト]役に惹かれるのは自明であろう?なにせ、騎士[ナイト]とは即ち、己の血縁の――偉大なる祖の力を引き継ぐ――ものだ。父性の一つも感じようというもの。そこから慕情に発展したとして、何の異常があるというのか。
君は選ばれず、彼が選ばれた。
彼女の恋心が彼に向いているのはそういう理由だ」
「ッ……!」
歯ぎしりの音が、無音の社長室に響いた。
それもそうだろう。渡部桐彦が高原彩里と趣味を同じくし、享楽的趣味に悦を見出すようになったのは、全て『高原彩里の気を引くため』だったのだから。
だと言うのに、高原彩里は、真原針斗を選んだ。
自分こそが相応しい、などと彼は自認していた訳ではない。高原彩里の心が満たされるならば、己が身を引き、針斗と彩里を祝福し続けるつもりでいたのだから。
「ふざけやがって!結局、俺らは手前等の道具だって言いてえの――」
しかし、ベリアルヴァンデモンは最早その選択を許さない。
「――ああ、ここで君にとって大事なのは、その選抜方式かもしれんがね」
――簡単な話だよ。ただの『偶然』だ。
「……は?」
告げられた言葉を、うまく咀嚼できない。ベルゼブブを食い殺すほど強固な桐彦の精神は、既に蝿に集られたかの如くボロボロだ。
「理解できなかったかね。衝撃だったかね。だが、事実だ。
溺れる者が近くの藁をも掴むように。飢に瀕した者が近くの泥水と遠くの清水から前者を啜るように――。
その時、『たまたま』高原彩里の最も近くにいた男。真原針斗が選ばれたと言うだけだ。本来ならば、そこまでの努力を為した君が選ばれtていたかもしれんが……どうやら、時の巡りが悪かった様だ」
ベルフェゴールは、現世に増え続けるデジタル・モンスターに危機感を抱いていたのやもしれぬな――。
と、神代最大の策士は締めくくった。
「……クソが」
ベリアルヴァンデモンの身体が、するりと椅子に滑り落ちる。桐彦は衣服を掴む力を抜いたようだ。がっくりと項垂れているその背には覇気がない。
「いずれにせよ、こうして生まれた怠惰の代行は最強の神魔だ。ベルフェゴールの絶大なる力を、怠惰と言う――千年に一度という枷無く振るう事ができる。加えて言えば、眠りを邪魔されたアレが、その力を振るいながら怒り狂うこともない。
私としては、この世界の誰が騎士[ナイト]役に選抜されようと構わなかったがね。その他の神魔幻想の力を集めつつ、ベルフェゴールの力を御しうる形に為すこと。それが、私の計画だ。
無論、嘗てベルフェゴールに子を為すよう勧めたの時点では、この版図は描けていなかったが……実にうまくいった。
後は自由にし給えよ。少なくとも、これを知って、君は彼等と今までの関係では在れないだろうがね……ふふ、は、はは、ははははははははは――!」
桐彦が身を引けたのは、それが思いを寄せる相手の選択だったから――。だが、それが作為的――正当な自分への感情が、偶然とはいえかすめ取られたとあれば。
「なあ、べリアル……聞かせやがれ。
……アイツぶっ殺せば、俺が騎士[ナイト]役にでもなれんのかよ」
「なれるとも」
既に彼の精神は、地獄の副王を超越する強度を喪っている。
「そもそも彼は、集合無意識内のベルフェゴールの領域に招かれ、そのあらゆる経験と力を引き出して使っているだけ。代行が喪われれば、ベルフェゴールは再び、次の代行を見出すだろう。きっと、それは君だよ――」
ベリアルヴァンデモンが口を閉ざす。これ以上語ることはないと言わんばかりに、薄く笑みながら桐彦を眺めている。さながら蟻の行列を眺める少年のような瞳で、彼我の精神力の差を如実に表しているように見受けられる。
その刹那、蟻の側たる桐彦のポケットから電子音が流れる。
「チッ、こんなもんが広まらなけりゃ、お前らデジタル・モンスターも出てこなかったろうにな……」
ひとりごちながら、除いたメールの差出人は真原針斗。セラフィモン討伐の仕込みを依頼するそのメールを見て、桐彦は携帯電話を握り潰した。
「行ってやるとよい。代行を殺すにせよ、未だ時期尚早というもの。土壇場でなければ、想い人が心を閉ざしてしまうのではないかな」
「……言われなくても分かってら」
「成る程。では好きにせよ。もはや君がどう動こうと、私の勝利は揺らぎない」
ベリアルヴァンデモン――否、多くの神魔を内包するキメラはそう告げて沈黙する。会話の最中、既に彼は脱落したデジタル・モンスターを取り込み終えていた。
キメラの言う通り、桐彦が勝利しようと、真相を知った針斗が勝利しようと、いずれにせよ怠惰の代行はデジタル・モンスターへ、尽きぬ敵意を滾らせる事だろう。
そうなれば、最終的に残るであろうデジタル・モンスターは4柱。
ルーチェモン。
ベリアルヴァンデモンであったモノ。
ベルフェゴールの代行。
未だ確認されぬYHVHの生まれ変わり。
「勝手にさせて貰うぜ。地下の大空洞、最後にぶっ壊させて貰うけどな」
桐彦は社長室を立ち去る。煙草の吸い殻を放り捨て、残った煙草も、ライターも、携行していた所持品を全て放り投げながら。
「く、くくく……今に見ていろ。――4つ巴、否、3つ巴ならば、幾らでもやりようはある」
乱暴に閉じられた扉を見つめ、キメラは愉し気に呟いた。
○
当然の帰結だが、セラフィモンは消滅した。往時の天使長にならいざ知らず、堕天ギリギリのアレに負ける要素は微塵もない。
桐彦に、ベルフェゴールの記憶から得た知識や、地下大空洞の推測についての説明を済ませて帰路に就く。
道中クラヴィスエンジェモンと一悶着ある……と言うこともなく、すんなりと彼のいないままに、丁度やって来るルイと合流できた。先輩は余程巧く丸め込んだらしい。口では勝てる気もしないので、もう"ベール"との会話は全て任せてしまおうか……。等と考えながら部屋への階段を登る。いつからか分からないが、既に他の住人もいないらしい。ある種分かり切っていたことだが。
「ふむ、どうやら愚弟を討ってくれた様だな」
唐突に頭の上から声がかかる。隣を歩いているルイの言葉の真意が読めない。
「……あー、やっぱり何か、思うところもあるのか?」
今生では戦闘に手を出さないと言ってはいたが、それはそれとして、少しは感情も揺れ動くのだろう――。
「いや、ない。寧ろ素晴らしい。卿らの作戦、その成就を言祝ごう」
――と思っていたが、全くの見当違い。
「愚弟は視野が狭窄だ。自分が『そうすべきだ』と思えば最期までそう在る男だ。
最後に残れば私とやり合う他無いが、その場合私は疾く自害するつもりなのでな。その様な勝利より、自ら敵わぬ戦いに挑んだ方が奴にも良かったろう。そこまで登り詰めた卿が相手ならば、浮かばれる筈だとも」
何をしてきたか知られていることも、非道な手を使った事に言及がないことも分かっていたが、その後の言葉は想定外だった。本当に悪魔らしからぬ、それが故にこれ以上ないほど悪魔らしい男だ。
「やっぱり……ルイは他のデジタル・モンスターとは全然違うな」
「ほう。生前でもベルフェゴールから似た評価を受けた事は在ったが、今生でも卿からその様に言われるとはな。具体的には、どう違うのか
ね」
「そうなのか?なんて言うか、違うようで違わない……そう、寧ろ、他のデジタル・モンスターの、どんな側面も持ってる気がするんだ。……ま、今まで出会った分だけどな」
大病院でセラフィモンとケルビモンに対面する直前に抱いた感情。それはきっと、そのようなものだったろう。彼ならば、どんな神魔の内面も理解できるはずだ、と思う。
それはきっと、"ルシフェル"がYHVHに作られた最初の神魔だからかもしれない――。ただ、彼はその事について――『自分が神に叛逆した』事について――悩んでいるようだから、何も言わない。
きっと戦う度にベルフェゴールとの同調が進んでいるのだろう。悪魔王ルシファーが、何やら身近に思える。その上、先の様に彼の悩みについてもふと記憶が蘇る。多分、ベルフェゴールは眠りながらもルシファーの話を聞いていたのかもしれない。
「そうか……そう思うのか」
「ルイ?」
そんな神代から続く、ありきたりな世間話のつもりだったのだが――何やらルイは、丁度先輩が待つ部屋の手前で立ち止まってしまった。
「いや、すまない……」
そして扉の手前で(俺の部屋なんだけどな)、再び動きを止めて俺を見やる。
「……なあ、針斗よ。中に入ってからでいい。ベールの元に案内する前に、少し、話を聞いてくれぬか」
「あ、ああ」
余りにその表情が真剣なので、思わず面食らった。
「感謝する」
そして俺が何かを言う前に、ルイは我が物顔でドアをノックした。いや俺が入ればそれでいいじゃん、という突っ込みをグッと堪えていると、直ぐに先輩が顔を覗かせる。
「やあ、昨夜ぶりだな」
「驚かせないでくれ。家主がノックしたなどと思って慌てたじゃないか」
「それは失礼。だが、卿の恋人は無事に帰ったのだし、そのような些末な事は大目に見たまえ」
うーんこのナチュラル傲慢。
俺とルイを招き入れると、素早く鍵がかけられる。先輩がキッチンの方へ向かうと、ルイは自分から適当に座布団を出してきて――ん?座布団?
「よっ、と……ん? どうした? 座らぬのか?」
マジかよ。胡坐掻いてる。
お茶を持ってきた先輩も口が空きっぱなしだよ……あ、すぐ戻った。
「あ、いや……ルイ? 正直言って似合わないんだけど……」
「ふむ、駄目か?」
「いや駄目ってこたないが」
「ならばよかろう。もてなしはありがたく受け取るが、できれば二人とも座ってくれ」
グラスを各々取りながら、俺と先輩はルイに向かい合うように寄り添いながら座った。……座ってても彼と頭一つ分ぐらい高さの違いがあるが、まあ仕方のないことだ。
「それで、話ってのは?」
「ああ、一つ、悩みがあるのだ……。遙か昔からの悩みで、今でも私を苦悩させる悩みだ。それを、今生で友となれた卿らに、相談したいのだよ」
その言葉に、不意に胸が熱くなる。
今、この男は先輩と俺を"友"だと言った。ベルフェゴール自身もそう思っていたのかもしれないし、この感情は俺個人のものではないかもしれないが――この男に認められている事を嬉しく思えた。
「正直、助けて貰ってばかりだからな……相談に乗るぐらい、何てこと無いさ」
「ああ。その通り。私達でよければ、何でも話してくれ」
それは先輩も同じ様で、よく考えれば俺達は、初めから地獄の盟主のカリスマに惹かれていたのかもしれない。
「ありがたい。では、そうだな……私の身の上話から聞いて貰おうか」
少しだけ長くなると前置きして、彼は茶で唇を濡らした。
○
私が生まれたのは、神聖四文字[テトラグラマトン]YHVHが覇権を握ってすぐのことだ。それ以前のベル神その他、古き神々との戦いについては私は知らぬし、この際無関係なので省略しよう。
地獄に堕ちる前は私も天使であり、天使は神の代行者。即ち、神の意を遂行する者であった。父の敵対者を破壊し、父へと供物を捧げ、父の代わりにヒトを慈しみ、父への愛を謳い上げる――。
あらゆる天使はYHVHの御心のまま、父を崇めていればそれで満足だった筈なのだ。
しかし私は何をしても満たされなかった。そう、私はいつしか己の性を自覚していたのだ。
私は、己が愛したものを破壊せずにはいられない破綻者だった。
ここまでは、ベルフェゴールの記憶がある卿ならば知っていたかもしれんな。口を挟まずにいてくれて感謝する。
だが、自覚して尚、そんな性を言い出せる筈もなかった。――それもそうだろう?何せ"光齎すもの"、無謬である天使の長が、その様な齟齬を孕んでいてはならない。
それを、そのままでよいと、『飢えて乾いたままでよい』のだと自分を納得させられてはいた。幸いにも、自制は何より得意だったのでね。弟にも、YHVHにも黙ったまま時を過ごした。――尤も、父なる神は全知であるから、知っていた筈なのだが。
そう、ここで問題が生じるのだ。
『父なる神は全知全能の御方である。ならば何故、被造物たる自分は破綻しているのか』
即ちレゾンデートルへの問いかけ。ベルフェゴールにもここまで話したことはないし、ベールでさえも知らぬことだ。
知っているのは、叛逆の際に問いかけ、答えを与えてくれたYHVHと私、そして今から知る卿等二人だけ。
さて、まず答えから教えるが。
――私は、「初めからそのように創られたモノ」なのだそうだ。
○
「滑稽な話だろう? 愛するが故の、破壊と慈愛の懊悩。それが、初めから仕向けられていたと言うのだから。卿等に分かるかね。その時の慟哭、主への失望が。
結局そして、父なる神は、その理由を教えてはくれなかった。」
そう語るルイの瞳は、今では微塵も揺れていなかった。往時はさぞや多くの天使を魅了し叛逆に導いただろう金色の瞳だが、この件については諦めているのだろうか。回答を俺達に求めている時点で、恐らく自問自答に疲れ切っているのだとありありと分かる。
「天より追放され、私は今の今まで自問してきた。人類が我々を嵌め込んだ神話の世界でもだ。だが、これまでに結論が出たことは一度もない。何故父は、私をそのような悍ましいものとして設計したのか。
……私が初めから破綻者として創られたならば、その懊悩に意味はあったのだろうか。
地獄の指導者として活動する以上、下の者に弱みを見せることもできぬから、元より解を見出すのはとうに諦めていた。
しかし今、こうして再びの機会が訪れている。
二度と見えることのないと思っていた友と再会した。旧友の記憶を受け継ぐ新たな友に出会えた。そして卿は、私を"胡散臭い"、"他の神魔幻想と被る"と評してくれた。
ならば、そう――私の、ルーチェモンの生に、納得のいく価値が見出せるのではないかと。私は、期待せずにはいられない」
俺達に向けられる双眸。少し前までの、身体の底の底まで見透かされそうな寒気が、今では微塵も感じられない。見透かすのではなく、対等の存在として見ているのだろうか。
随分と買ってくれている。素直にそう感じ喜ばしいが――。しかし、彼の数千年の苦悩を晴らす言葉は見当たらない。
「――そして神は『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう』と仰せられた」
「先輩?」
「創世記か。神魔幻想にとっては忌々しい書物だろうが、古い書物であるが故に真実を語っている部分も多かろう。唐突にどうしたね」
「……貴方は少し、視野が狭窄なんだ。燦然たる明星の輝き、偉大なるルシファー。貴方の前でこんなことを口にするのは憚られるが、その懊悩する姿絵を見ればこそ、黙ってはいられないと思う。
推論になるが、この『われわれのかたち』とは一体なんだ。容姿か。いいや違うだろう」
それもそうだ。デジタル・モンスターは現世でこそ人間を乗っ取る形で出現しているから、人型を取れるというだけ。在りし日の姿も、今の姿も、本来の姿は多少なりとも異形だろう。ケルビモンが良い例だ。
「では何か。答えは一つ、語るまでもないが――精神性だ。」
「……道理だな」
重々しく口を開いたルイの口調は苦々し気だった。
「そして、貴方が愛すると言うヒト。彼らの、私達の精神は無謬か?否だろう。貴方は聡明なお方だ。愛に盲いていたから、想像だにしなかった、或いは頭の中から追いやったのだろうが……」
「――よい。他ならぬ卿に言われたのだ。これで納得できぬ方が見苦しい。続きを言い当てようか。『父たる主は、その精神性は――全知全能でありながら、完璧ではない』ということだろう」
「そうとも。そして貴方は始まりの御使いだ。四文字の被造物と言うが、それがどうして四文字自身の性質を反映していないと言い切れる。」
ちらりとルイの顔を盗み見る。二人は既に得心した様だが、俺にはいまいち話が見えてこない。根幹にある、YHVHに関する知識が抜け落ちている。幾らベルフェゴールの記憶を探っても見当たらない。
ルイが疵一つないと思い込んでいたYHVHが、実はその精神性を俺達人間と同じくしていた。だから被造物である天使、ルイも色濃くその性質を反映している――これはいい。納得できる。だが、それがどうしてルイの破綻した性質に繋がる?『愛したものを破壊したい』など、人間の中でも稀有な思考だろう。
「納得できぬか。無理もあるまい」
「いいか後輩。四文字はな。全知であり全能である。それと同時に、地霊であり精霊であり神霊であり威霊である。もっと言えば、"唯一であり全てである"のさ。」
「――在るだけで矛盾しているのか!」
「ああ。その矛盾を許容"できる"から全能なのだよ。主は」
それならば、ルイの在り方も納得できる。全てを愛す慈神でありながら、それを破壊する狂神なのだ。
「私は主の全能を疑わぬ余り、その多面性から目を逸らし続けてきた。2度目の生の、それも終局に至って目を覚まされるとはな」
そう言って、明星は瞑目した――。
「卿等に感謝を。私の在り方に答えを与えてくれたこと、嬉しく思う」
――神代より続く明星の探求が、今ここに終わりを迎えたのだ。