ChapterⅦ -The Superbia③-
「さて、では行こうか。局面も終盤に近い。」
「ああ、わかってる。感じたよ」
そう。丁度いま、デジタル・モンスター同士の殺し合いが始まったのが分かった。迅速に行動しなければ、残った方がこちらを狙ってくる可能性もあるだろう。
「案内、よろしく頼む」
部屋を後にし、ルイ先導の元に歩みを進める。
ここからはまた気を引き締めねばならないだろう。ベール……ルシファーが友と言って憚らないデジタル・モンスター。恐らく、セラフィモン如きとは比べものにならない程の正念場になる。
「なあ、そう言えば、ベールってのはルイ・サイファーみたいな偽名だよな?結局そいつはなんていうデジタル・モンスターで、元々は誰だったんだ?」
正直、アイツと会話していた内に概ね理解している。"ベル"の名前があると言うことは、ゼブブ、フェゴールの俺達以外にあるとすれば……。
「イアルだ。ベル・イアル。縮めてベリアルと言う名の方が通りが良いかね?卿らの中ではベリトあたりと悩ましかったのではないか?どちらも口がうまいからな。デジタルモンスターとしてはベリアルヴァンデモン。ヴァンパイア共と融合したようだな」
「ベリアル、だと……?正直、それ程心の強い幻想には思えないが……
」
先輩が疑問を口にしているが、俺はそれに反応できない。ルイの言葉を皮切りに、ベルフェゴールの記憶が補完される。欠け落ちていたピース――即ち、無価値の名を冠する悪魔について。脳裏を駆け巡る電撃のような衝撃。幸いにもそれを表に出すことはなかったが、以前にも増してベリアルへの不快感が沸々と湧き出でる。
その感情の奔流に紛れて、俺は、自分の魂の"何か"が変質した事に気づけなかった。
「ベリアルヴァンデモン――堕天使ベリアルか。それなら、あれだけ舌が回るのも頷ける。っていうか、寧ろウザくて相手が諦めたって言う方が正しいのかもしれないけどな……」
思わず苦笑が漏れる。ルイはそんな俺たちを見て微笑した。
「そろそろ入り口に着くぞ。ここが分水嶺だ……気を抜くなよ? 卿の隣にあるものは、卿の内にあるものは、必ずそこに存在する。例え喪失しようとも、仮初に思われても、だ。今は意味も分からんだろうがね、覚えておくとよい」
「? それは、どういう事だ……?」
「お嬢さんもだ。自らの内にあるものを、そのままに受け止めるといい」
「もう少し具体的に言ってくれないと、少々意味が……」
ルイが唐突に抽象的なことを言い出した事に、不信感を抱いたのは俺だけではないらしい。だが、彼は俺達にかなり肩入れしてくれている。戦力に数えられはしないが、少なくとも最後まで敵に回ることもあるまい。それに……。
「先輩。ここまできて、ルイ・サイファーが意味のない事を言うとは思えません……まあ、ただの諧謔に終わることはあるかもしれませんが、とりあえずは胸に留めておきましょう」
「……ああ、そうだな。きっと、後から役に立つなにがしかなんだろう。そういうことは往々にしてあるものだ」
「絶大な信頼、傷み入る」
そんな中、俺は先輩の口から、何とも好ましい涼やかな声色を以て――。
「思えば桐彦も、そういう発言が多かったな。道化者の様に、我が儘な風に――いやまあ、実際自己中心的な男だが――振る舞いながら、あの男の発言は後から省みれば非常に的を射ていることが多かった」
――何か、非常に不快な言葉を聞いた気がしたが。
「どうした後輩。ゴキブリホイホイに引っかかったプテラノドンの様な顔をして」
「どんな顔ですかそれは」
「翼竜故に、接地した罠にかかりにくいというところもポイントが高いな」
「いやアンタも面白がってないで」
余りの珍道中に、その不快感が何なのか、自覚する前に霧散していた。
○○○○○
その区画は既に原形を留めぬ程破壊されつくし、死と破滅と絶望、そして蹂躙の臭いが充満していた。しかし、少しでも場の"気配"と呼べるものを感じ取れる者がこの場に立てば、そんな死体置き場[morgue]と見紛う空気を塗り潰して余りある大罪の臭いを見逃しはすまい。
あらゆる死をまき散らし、魔なるデジタル・モンスターの好む退廃を垂れ流すその中心にいるのは――ベルゼブモン。セラフィモンを打倒した直後、彼は殺戮を開始した。
極大の赫怒を見せつつ、大破壊を成し遂げている。その傍らで、暴虐は見逃せぬと彼に挑みかかり、返り討ちにされたオファニムとドミニオン――オファニモンとドミニモンが、白銀と深緑の兜を無惨にに砕かれて転がされている。既にその魂は地脈を介しベリアルヴァンデモンの潜むB.E.E.L本社に集まり始めているが、ベルゼブモンは微塵も気に留めない。
「糞! 糞! 糞が! ムカつくぜ!
オラァさっさと残り全員出てこい! 今ここでぶっ殺してやらァ!」
「獣に堕したか……非難はすまい。だが、同胞の殺戮は見過ごせん、ともいえる。同時に闇堕ち悪堕ちも英雄譚に必須の要素! 我が覇道の礎となる栄誉を知れ、少年!」
桐彦の口から吐き出されるのは呪詛と怨嗟。八つ当たりの如く叩き潰された2体の天使を前に、現世最後の天使が姿を見せた。3対6枚、神話であれば最上位の証左たる翼が背後で輝いている。クラヴィスエンジェモン――特異な力天使が鍵剣[ザ・キー]をベルゼブモンに向けている。
「ハッ! テメェがここまで出てこないとは思わなかったぜ! 騎士道精神が聞いて呆れる。 出待ちして昔の上司を見殺しにしたってのか? えぇ?
つーか、あの二人はどうしたんだよ。いいのかよ、放置して? まぁ――俺からすれば好都合だけどなぁ!」
殺意のみをたぎらせて、ベルゼブモンの駆るモンスターマシンがウィリー走行でクラヴィスエンジェモンを襲う。衝突の直前、まずは魔弾と鍵剣が真正面で交差する。
「この圧力、アスタロトの従えていた邪竜か――!」
「生憎それだけじゃねえ、暴飲暴食、ベヒモスがガワだぜェ! 止められるもんなら止めて見せろやァ!」
造作もなく銃弾を切り払ったクラヴィスエンジェモンだが、ベヒーモスの突進は溜まらず空中に退避した。すかさず無数の魔弾が追撃するが、ザ・キーが輝き、空中に"門"を顕現させる。
「ゼニスゲートだ。今の私が開錠権限を持つ異空間へのゲート――『天上位階論』大天使のヘブンズゲートとは格が違うぞ?」
放たれた魔弾が、方向・弾速・距離に拘わらず全てゼニスゲートの内部に吸い込まれた。ベルゼブモンは気にも留めず、ベヒーモスをオート制御に切り替えて戦い方を変える。
「空中取ったぐらいでいい気になってんじゃねえぞォお!!」
旋回しながら一際巨大な瓦礫に狙いを定め、真っ向突進したベヒーモスが宙に飛び出す。その最中にも、リロードの一つもなしに魔銃[Berenjena]はマシンガンよりも速く火を吹き続けている。その弾丸全てが、移動するクラヴィスエンジェモンの兜を寸分違わず食い破らんと迫っている。ゼニスゲートの守護により一発も命中していないといえど、少し前までただのチンピラだった男に為せる芸当ではない。
「直情的だな。そこからどうする?Z軸の差が縮んでも、ゼニスゲートの護りは抜けぬぞ?」
「だぁら、こうすンだよボケ……!」
ベルゼブモンは空中でベヒーモスの上で立ち上がり、クラヴィスエンジェモンめがけ跳躍した。だが、2体の間に存在する絶対的な壁は健在だ。少なくとも最強の力天使はそう確信していた筈なのだが。
「あんま舐めてっと容赦しねぇぞ――ダークネスクロウ!」
「ゼニスゲートを、強引に引き裂いただ……ぐぁっ!?」
銃を構えていない方の魔爪が貫いたゼニスゲートは、黒色の粒子になって霧散していく。驚愕するクラヴィスエンジェモンだが、その顔面にベルゼブモンの回し蹴りが叩き込まれ墜落する。
「今だ! やれ糞ワニィ!」
ベルゼブモンは軽やかに着地し、即座にベヒーモスに乗り離脱する。
「な――少年、貴様……ッ!」
「よくやったわぁん!アタシ痺れちゃうぅ」
無数の瓦礫の下、地下に広がる大空洞の中からくぐもった声が響く。鳴動する大地を貫いて、奈落への顎が開かれた。
「ロ・ス・ト・ル・ム――――!!!」
「……ベヒモスの対存在、リヴァイアサンと手を組んだか……!だがこの程度、翼が失われた訳でもなければ――!?」
硬質の翼を羽ばたかせ、再び空へと逃れようとするクラヴィスエンジェモンだが、飛行どころか立ち上がることすら叶わない。
「成る程成る程、そうでしょうな。貴様は昔から、なんだかんだと判断は適当だ。だが、流石に多勢に無勢と言ったところでしょう! 長きに渡る苛立ち、ここで精算させていただきましょう!」
「強欲までもが同盟を組んだか! この状況、分が悪いというレベルではないな! ハ、ハハハハハ!」
強欲の狩人が操る死者の影に絡め取られながら、しかしクラヴィスエンジェモンは哄笑する。海魔の顎という暗闇に飲まれ、未だ生存を諦めていない訳でもあるまいに。
「この大同盟を彼等に伝えようとは思うまい! 確かに私はここで脱落するだろう! この戦局をひっくり返せる手札は持ち合わせておらん!
だが心せよ! 古今東西あらゆる物語で、最後に趨勢を分けるものがある! 貴様等大罪の持ち主はそれを知らぬ! それを持たぬ! 私が見込んだ彼等こそ、このパンドーラボックスじみた街の中で、最後に残るべきものである! 貴様等では彼等に敵う筈も――ギャァアッ」
3柱の魔王に対する呪詛を高らかに謳い上げながら、最強の力天使は、魔獣の顎の内で最期を迎えた。
「最期まで五月蠅ぇ野郎だったな。で、俺としちゃ、次はお前でもいいんだがな? 糞爺」
「おやめなさい狂犬。いえ狂蠅ですか? 呼び方はどうでもいいとして、ここで我々が殺し合ったところで、笑うのはあの小僧だけだ。
それに、幾ら私とベルフェゴールの愛が結ばれる運命にあると言え、リヴァイアモンは貴方に全面協力の姿勢ですからね。ここであなた方を相手に戦って、死の間際にベルフェゴールと手を握りあって意識を喪う――等という展開になるのは少々お断りしたいところ」
さて、暴食――ベルゼブモンのみならず、嫉妬のリヴァイアモン、強欲のバルバモンまでもが同じ陣営に立っている。先日一時的に結成された、クラヴィスエンジェモン・ベルゼブモン・ベルフェゴールの同盟に伍する勢力がここに擁立されている――それも、中核足りうるベルゼブモンの離反によって。
「あらん、もう言っちゃうの? ネタバレはよくないわよ?」
「この場は巧緻より拙速でしょう。ベルフェゴールがヴァーチャー脱落に気付く前に、一気呵成に攻め立てましょう。
いいですか狂蠅。今の貴方は、嘗ての――神代の人間に近しいモノに変質し始めている」
今の渡部桐彦は、少なくとも3つの大罪を司るに足る。
取り込んだベルゼブブの"暴食"。そして、ベリアルヴァンデモンとの邂逅で抱いた、真原針斗への"憤怒"ともう一つ。
「つ・ま・り。アンタの側にいるだけで、アタシみたいのはハピラキな気分になる訳よ。サタンもこっちに来てればアンタについたでしょうよ」
神代、人間は信仰で――感情でもって神魔に関わっていたのだから、それを人外の力で撒き散らす彼は、特にその感情を司る魔からすれば極上の餌と言える。
その上神魔幻想――現代ではデジタル・モンスターだが――と異なり、与えられた役割に即した力しか持てない彼等と違い、桐彦は人間としてベルゼブブを食らい、デジタル・モンスターの能力を手に入れている。
「チッ」
「前に言ったでしょ? アンタからは極上の嫉妬の匂いがするって。あの時点でもかなりのものだったのに、今はもう、その密度は数倍以上よ?
アンタは人間のままアタシ達と同じモノになってるからね。幾らでも出てくるのよ、アタシ好みの"濃い"味の感情がね」
デジタル・モンスターにも無論感情はあるが、人間のそれとは比べるべくもない。彼等は初めから超常の力を持って存在する分だけ、非力な人間よりも超然としている――例外的な個体が、現世に再臨している訳だが。
「つまりアタシは、アンタにメロメロなのよ。アンタの為ならなんだってしてあげるわ! 嫉妬の魔王、リヴァイアモンの名にかけてね!」
ピンク色の体毛を棚引かせて乱杭歯が揺れる。ベルゼブモンは生温い息を鼻で笑ってあしらった。
「ッハ、好物としてメロメロ、だろ?」
「モチロンよ」
爬虫類の濁った瞳が、茶目っ気たっぷりにウィンクした。正面にいるベルゼブモンとバルバモンからは全く見えていないが。
「いいぜ、認めてやる。俺ぁ針斗の奴が憎いよ。この俺を差し置いて、彩利センパイの側でナイト気取りのあの野郎が妬ましい」
桐彦が嘗てリヴァイアサンに指摘された"嫉妬"。頑なに蓋をし続けてきたそれが今、ベリアルの言葉で噴出している。だからこそリヴァイアモンも全面協力の姿勢でいるし、バルバモンも針斗の排除目的で同調する。
「よくぞ言いました。貴方とも恋敵と言えるでしょうが、ここは我が終生のライバルであるあの小僧を仕留めるため、一時の同盟と行こうではありませんか! 幸い厄介な天使共も全滅しました! ここからは我々の時代だ!」
歓喜に満ちたバルバモンの金切り声が、崩壊した区画を汚染する。
木霊する叫声を背にして、3体のデジタル・モンスターは網目状に張り巡らされる地下洞に潜っていった。
○○○○○
スラッシュエンジェモンと戦った公園で、ルイは地面に大穴を開けて地下洞への道を繋げた。目的地へは地上からのルートが存在せず、この大空洞からしか繋がっていないのだそうだ。
「成る程、この街自体が、ベリアルヴァンデモンの遊技場だったって訳か。
新生したデジタル・モンスターが集まるように仕向け、予め用意したこの地下道でその魂を集める……。全く嫌らしい奴だよ。殺せば殺すほど、野郎が強化されるとはね」
「私は話に聞いただけだが、噂に違わぬ陰湿さだ。その上磐上に姿を顕さず後輩に干渉してくるだけとは、随分とまぁ」
道すがら"ベール"――ベリアルヴァンデモンの企みを語った彼は、俺達がこれだけ悪し様に罵倒しても苦笑するだけだ。
「逐一ごもっとも。あの男は常温で頭が愉快に沸騰しているからな。私以上に、唯一神に対する恨み辛みに狂している」
"頭が愉快に沸騰している"友とはいったい。突っ込みたい衝動に駆られるが、さてまあ暗喩の意図は理解はできるので何も言うことがない。
「正直迷惑な話だな。こう言ってはなんだが、私達のいないところで遣ってくれればいいもの――なんだ、地震、か……?」
大きな地響きを感じた。俺の知らない巨大デジタル・モンスターがいない限り、リヴァイアモンが動いたのだろう。だが幸い、目的地――B.E.E.L社長室とは方向が違う。
「いえ、これは戦闘の余波ですね。結構遠くだとは思いますが……」
人外の化け物にとって、距離など些末な問題だろう。俺だって、翼を出せば街の端から端まで10分足らずで行けると思う。そうなると、こちらに寄ってこない内に目的地に行くべきか。
「急ぎましょう。クラヴィスエンジェモンもいない今、さっさとベリアルヴァンデモンを問い詰めて、今後の方針を決めた方がいい」
「えっ、ちょ、ちょっと待て」
「悪いけどルイ。どうせ飛べるんだろ? 先輩は俺が抱えて動くから、急いでくれないか」
「や、やめろ。恥ずかしいだろう。急ぐのは分かったから、せめて背負うとかーー」
柔らかな肢体を両腕で包み、か弱い抵抗を無視して抱き上げる。いわゆるお姫様だっこ状態だ。先輩の甘い香りが鼻腔をくすぐる……というか、抱き上げると借りてきた猫のようになって抵抗が止んだ。これはアレだろう。ルイがいるから建前上抵抗してるだけだな。この男の前でそんな事気にするまでもないだろう、とルイにアイコンタクトする。
「――いいだろう。お嬢さんもしっかり捕まっておきたまえ。無論彼なら、落とすことはおろか風に吹かれることもなかろうが、その方が、互いに高揚するだろう?」
「くっ」
先輩の味方は誰もいなかった。観念したのか、両腕を俺の背中に絡めてくる。細腕の割に力強いが、今の俺には加わった力を微かにしか感じられない。
「じゃ、行くか。先輩は目を閉じててくださいね」
背中に3対6枚の蝙蝠然とした翼を顕現させ、宙に舞う。よくよくベルフェゴールの記憶を辿ってみると、翼は出してさえいれば空中は自由に動けるようなのだ。内心「羽根も動かしたくねえのかよ……」と思いつつ、便利なのには違いなく。先輩に風が当たらないよう、彼女を翼でガードする。……ここで便利とか思う辺り、前からだけど、俺も随分毒されたな……。
「では飛ばすが、付いてこられるかね?」
「上等」
ルイも同じく翼を出していた。背に5対10枚。白と黒――というか、天使と悪魔の翼だが、その枚数から、セラフィモンと兄弟だったというのがよく察せられる。
翼を生やして尚黄金比を失わないその体躯が、入り組んだ地下通路を舞い踊った。分かれ道を微塵も迷わず選択し、上下に入り組んだ部分も、壁に電流の流れた狭い道も余裕で踏破する。
「これは――ベールの趣味だな」
「要するに電流イライラ棒じゃねーか!趣味が古いんだよ!」
「おい後輩、当たったら私やばくないか? なあ? 大丈夫かそれ?」
「ここは間欠泉か。下は毒沼の様だから、墜とされると危険だぞ?」
「なんでそんなもんがあるんだ!命懸けたアスレチックか!馬鹿か!」
「いや待て、神代では基本だったのかも――」
その他、後ろから転がってくる大岩やぬちゃぬちゃする床に壁などなど、くっだらない(とはいえ一人で歩いて行ったら多分死んでた)無数のトラップをくぐり抜け、そして一段と開けたスペースに出た。開けた……どころかめっちゃ広い。野球できそうなぐらい広い。流石に誇張だけど。
「ここをこうしてだな」
地に降り立ったルイが何やら壁をゴソゴソやっている。追従して俺も地面に降りるが、先輩は降ろしてあげない。
「降ーろーせー」「いーやーでーすー」
とてもかわいい(かわいい)。なんて幸せなんだ。
「おお、出た出た。これが直通エレベータだ」
ガォンガォン言いながら、行き止まりと思われた岩肌が動き、緑色の扉が現れる。
「いや凝りすぎでしょ秘密基地かよ――ん?」
呆れ果てながら突っ込みを入れつつ。機械の稼働音と共に、俺の耳はもう一つ、『駆動音』も拾った。刹那放たれた殺気に、思わず先輩を抱きかかえたまま空中に退避する。
「きゃあっ!」
「ッチ――! すみませんね先輩。で、テメェ桐彦オイ、どういう了見だコラ」
足元を走り抜けたのは、以前見たモンスターマシン。無防備なところを撥ねられれば、流石に俺でもかなり厳しいところだった。
「おやおや、お分かりにならない? 鈍感はいけませんよ少年」
「ご愁傷様ね。アンタのお友達は、アタシ達と手を組んだのよ? NTR? NTRってやつかしら? キャーッ?」
「言ってろ。後でお前らもぶっ殺す」
そして眼前に現れる2体のデジタル・モンスター。因縁深いバルバモンに、前回は桐彦と戦ったリヴァイアモン。三者から向けられる敵意は紛れも無く本物で、桐彦が俺の敵になったと言うことが嫌がおうにも理解できる。
「ほう。こうなったか」
「バルバモンはカタ嵌めてやるから順番待ってろ。リヴァイアモンはちょっと黙ってろ鬱陶しい。ルイなんか知ってるなこの野郎後で吐いて貰うからとりあえず貸し一つってことで先輩よろしく」
「承った。明星の名に懸けて」
「つ、つれないわねえ……」
「悪魔王の元なら、まあ良いでしょう。私も貴様に専念できるというもの!」
先輩をルイの傍で守ってもらいつつ、魔王共に目下の優先度を叩き付ける。
「で、本気でどういうつもりだ。桐彦」
目の前で炯々とした三つ眼で睨みつけてくる彼は、見た目上、最早完全なデジタル・モンスターと言ってよかった。ベルゼブブに呑まれたのか――そうであれば、まだよかったが。
「さて、な。自分の胸に聞いてみろ。事情が聞きたきゃまずはコイツら倒してからにしてもらおうか」
「渡部桐彦。その物言い、貴様よもや最後まで残るのが自分だと思っていらっしゃる?」
「あらあら当たり前じゃない。強欲だけのアンタとは格が違うのよこのコは」
違う事は分かっていた。力だけ残して消え去ったと、他ならぬ彼の口から聞いていたから。
「そうかよ。協力してコイツら倒す訳には?」
「いかねぇな」
不思議と動揺はない。
「デジタル・モンスターが死ぬと、蜘蛛の巣の中心で胡坐掻いてるクソ野郎が笑うだけだっつっても?」
「ダメだ」
ダメか。そうか。
「決別か」
「あぁ。渡部桐彦は自分の意志で、真原針斗をぶっ殺す」
思えば元から趣味の合わない奴だった。尤も、それは先輩もだが――惚れた腫れたに趣味は関係ないだろう。
「理由は?」
「さっき言った。俺とお前だけ残ったら教えてやるよ」
いつかこうなる気はしていた。普通に生活していても、きっと別れの時は来ると。
「じゃあ――」
「じゃあ?」
だがそれはいつかの事で、もっと平和的な筈だった。デジタル・モンスターなどに関与しなければ、きっとこうはならなかった。
だから俺は――。
「お前ら全員、叩き潰してやるからかかってこいよ。ベルフェゴールの力、見せてやる」
デジタル・モンスターの存在を、これまで以上に許しはしない。