ChapterⅧ -The Glyttony④- - ぱらみねのねどこ

Title
コンテンツに移動します
ChapterⅧ -The Gluttony④-

「生憎と私事で少々立て込んでいてね、こうして影を落とすことでしか出向けぬ無礼を許してほしい」
 彩利がベリアルとの邂逅を果たした時、針斗と桐彦の一方的な様相を示し始めていた。思わず叫びかけた彩利の口を、ベリアルの襤褸のような外套から伸びた影が塞いでしまう。
「ッ、こうは――むぐうっ!?」
「――素晴らしいではないか。君を求め、二人の男が相争う。『私のために争わないで』と言ってみては如何かな。いずれにせよ、君達の友情、即ち三角関係はここに崩壊を見た。彼ら二人を見よ。そして自分の裡に渦巻く感情を省みよ。さあどんな結論を出すのかな。否、少なくとも君は既に大分悩み果てているようだからね。懊悩から抜け出すためには、十全なピースというものが必要だろう? 彼らの慟哭に注釈を加え実況してやろうというのだ。そして君の懊悩に、君なりの決着を着け給え」
「あまり褒められた趣味とは言えんな。その辺りの本質は、幾つも天使共を束ねても変わらぬか。結構、彼女に直接危害を加えぬ限り好きにやれ」
 黄金の偉丈夫は肩を竦め、視点を目下繰り広げられる泥臭い喧嘩へと固定させる。


「テメェどうなってやがる。殴っても蹴っても、まるで手応えがねえ――クソ、そうやって他人に真っ向向かい合わねえから、お前は気に入らねえんだ――」
「……」
「――応さ、お前はいつだってそうだった。一人だけ何食わぬ顔して平然と、さも『自分はこのバカ騒ぎには興味ありませんよ』なんてツラぁしてやがった。けどな、テメェ見え透いてたんだよ! おーおー、いい気分だったろうな。人の必死さ肴にしながら、一人だけ極上の美酒を味わうのはよ!」
 桐彦の攻勢は止まない。既に針斗の身体は怠惰の魔王由来の頑強さを発現しており、殴る度にダメージを負っているのは自分の方にもかかわらず。
 力を回復させ次第デジタル・モンスター化ではなく肉体の再生に回し、折れた拳にも、笑う膝にも頓着しない。


「さて、そろそろ互いの本音が見え始める時期か。いや、茶髪の彼は初めからかなり感情を吐露していたが――」
 ベリアルの光を讃えない瞳が、瞑目して動かない針斗を捉えた。そして、口の拘束を外そうともがく彩利の耳元に唇を寄せ、毒を落とす声色で囁き出した。
「――彼の方は、本音を著すのにも時間がかかるようだ。いやはや見事見事。流石は怠惰が選んだだけある」
「ンンっ、む――!?」
 どういう意味かと、視線が訴えている。
「ベール、お嬢さんは卿と会話をしにきたのだ。最早そんな悠長なことを言っている場合でもなかろうが、放してやれ」
「これは失礼。恥ずかしながら、身体の制御が効かなくてね。不足分を補おうとしているのか、無意識にベルフェゴールに食指が伸びてしまうのだよ、許しておくれ」
「ぷはっ、どういう、意味だ……後輩が選ばれたのは、偶然だと……」
「おやおや、随分おかしなことを言う。私が何者か、君ならば知っていよう?
 私は神の御名など最早恐れぬ。そんなベリアルがどのような行動をとるか、理解できぬ程の痴愚ではなかろう」
 彩利はオカルト知識に深い造詣を持ち、頭の回転も速い。ベリアルが「私を幻滅させるなよ。昔馴染みの娘なのだからなあ。才媛でなければ」「その点は問題ない。彼女は聡明だよ」などと親友とやり取りしている間にも、彼らという存在が何者なのかを理解する。
「嘘――か。貴様、都合のいいように桐彦を操ったな――!」
「然り、然り。真原針斗が選ばれたのは偶然などではないよ。無論、彼が死ねば、別の騎士[ナイト]が選ばれるだろうというのは真実だがね。真原針斗はそもそもからして、怠惰に選ばれてもおかしくはなかった」
「っ、やめろ――やめ――」
「いいや、聞き給え」
 耳元で吐き出される腐毒と不吉な予測に耐え切れず、思わず両耳を塞ごうとする彩利だったが、その腕と身体を、ベリアルの纏うボロボロの外套から飛び出した蜘蛛の脚のような節張った触腕が絡め取る。
「や、嫌だ、聞きたく、ない――!」
 身動きのできない彩利の頬に、醜悪な吐息が吹きかかる。悪徳のために悪徳を愛する愚か者の淫らさに、翠の瞳から涙が一筋零れ落ちた。その続きを聞いてしまったら最後、目を逸らせない現実を直視し、これまでの自身の連続性を保てなくなると確信していたから。
「彼が選ばれたのは必然で、君が彼に惹かれたのもまた必然。何故なら、彼と君の父祖は、とてもとても似通っているから。いやはや実に優れた怠惰ぶりだよ。私がこれまで見てきた中でも、彼のそれはずば抜けている。やれやれ、どこの世界に、父親に向かって、祖父に向かって股を開く淫猥な女がいるのかね。そうとも、父に向ける歪んだ愛情なのだよ、君の愛は」
「……今度は同性愛でなく近親相姦か。やることは昔から変わらぬな、卿」
「何を仰る。そも、アダムとイブとて、元は一つの存在だったでしょう。何の問題がありましょうや」
「ぅ……ぁ……」
 下らぬやり取りを続ける2柱の魔王の間で、高原彩里の身体はがっくりとベリアルの触腕にしなだれかかる。
「尤も、それを善しと出来ぬのが、現代の倫理感、ひいてはこの娘の矜持といったところですかな。いやはや、まっとうであるというのは、やはり困りものですな。はっはっはっは」

○○○○○

「……なあ桐彦、気付いているかよ」
 俺は自己への埋没を終える。自我の境界線すら分からなくなって『あの』領域へ堕ちるなど最早ありえない。桐彦の痛撃全てが、目を覚まさせてくれたと言ってやってもいい。
「お前、先輩のため――だなんて、それがおためごかしだって気付いているのかよ。なんだかんだ言って、最後の方の主張は自分の都合のいいように進まなくて癇癪こねてる餓鬼でしかないぜ」
「おいおい、ここまで焦らしておいて出てきた言葉は揚げ足とりか、つくづく救えねえ野郎だ。いいぜ、だったら答えてやる。気付いた上で――」
 振りかぶられた拳が、再び彼自身の骨肉さえ破壊しながら俺を打ち据える。
「――止めらんねえんだよッ!」
 微動だにせず頬で受け止めて、お返しに一発見舞って告げる。
「ああ、だろうな。分かるぜ――俺も気付いた上で、指摘された上で、止まんねえんだよ――!」
 桐彦の瘦身は派手にバウンドして、無言のまま蹲った。
「ああそうだ。お前の言う通りだ。俺は屑だよ。屑野郎だ。その上この愛情だって造り物かもしれない? そうだな。そいつは随分恐ろしい」
 ああそうだ。そうだとも。俺は甘えていただけだ。お前と先輩から与えられるハプニングに。先輩から与えられる好意に。ベルフェゴールから与えられた幸運に。
「で、それが何か問題あるってのか?」
「な、んだとォ……!」
 最早力が残っているかすら分からない彼に語り掛ける。
「この感情が紛い物でも、ひょっとしたら俺が俺ですらなくても、今"俺という存在"が先輩を愛しているのには違いない――お前と同じでな。
 人間は幸福を追求する生き物だよ。だったら、今ある感情に従って動いて、それが幸せにつながるなら何の問題があるんだ。『それがどうした』だ。刹那的なのは、お前の専売特許だっただろうが」
「俺が、そうなったのは……、お前たちの、所為で……! お前が、その感情を、真実と認めるなら、俺は何のために――!」
 だが、それだけでは不足だとお前が言うのなら。自分だけの意志で俺に殺意w向けられたお前が言うのなら。きっと俺よりも長く彼女を愛してきたお前が言うのなら。誓おう。
「確かに。この力を得た時、俺は生まれ変わったと思ったよ。そして先輩に全てを捧げようと思ったよ。だけど、その実俺は少しも変わっていなくて、俺は何一つあの人にしてあげられなかった。ただその愛情を甘受し、溺れていただけだったんだ」
 絶たれたと自ら思い込んでいた自己の連続性を再確立する。
 そこにひとつ、自らの罪科[acedia]を駆逐する俺のレゾン・デートルを加えて――。
「礼を言うぜ桐彦。お前が俺の怠惰の殻を砕いてくれた。だから」

 ベルフェゴールの意志よりも強く、彼女を本心から振り向かせて見せる。

「先輩護るのは俺に任せて、とっととおッ死ねやァ! 手向けだ――」
 俺の全身が作り替えられていく。座して目覚めぬアイツを超える決意を経て、ベルフェゴールの力すべてをモノにする。3対6枚の翼を大空洞全体に広げ、頭部まで千年魔獣と化したその咆哮は世界を揺るがす。
「――ギフト・オブ・ダークネスッ!」

 地獄の炎を纏った全力の一振りが、動かぬ桐彦目掛け繰り出された。

「素晴らしい。なんという喜劇、なんという友情か。予想以上だ感激だよ痺れが止まらぬ憧憬すらしよう。お前たちを誇らしてくれ。この私が人間に心から感謝を告げるなど有史以来一度もなかったことだ」
 拳を振り抜き僅かに黙禱する俺に、粘つく声が降り注ぐ。
 声の主は俺の気づかぬ間にこの場に登場していて、そしてその腕に抱かれている先輩の存在に激昂する。
「お前……!」
 ベリアル。ここに至ってようやく姿を現したか。ここではないどこかを見つめながら、彩利先輩の細首に手をかけたまま恍惚と奴は語る。
「いかにも。私がベリアル。さあ、この世界に残った最強の魔王よ。彼女の命が惜しければ――分かるだろう? お前の頼みの力天使はもういない。かつての友とは決別した。そして、彼女の守りを任じた閣下は我が盟友だ。
 嗚呼、今こそ謳い上げよう。高らかに宣言しよう。私はこの時を、ずっとずっとずっずっとずっと待っていたのだから。私と友とお前の力で、今こそ再び狼煙を上げよう。心躍らせる狂宴を、血沸き肉躍る復讐劇を、私はついに成し遂げる!この身は無価値を冠するもの。ゆえにあなたに突き付けよう――あなたをその座から引きずり下ろしたくて、堪らなかったと!」
 迂闊だった。あまりにも迂闊だった。桐彦との喧嘩に夢中になるあまり、彩利先輩に一切の注意を払っていなかった。無論それはルイに任せていたからということもあるが――。
「……」
 彼は黙して語らない。黄金の瞳だけがこちらを見ている。
 分からない。理解らない。誰よりも人間らしく、己が破綻を理解した悪魔王が理解できるとは口が裂けても言えないが。
「何が、望みだ……」
 ようやく絞り出したその声色は、最早ベルフェゴールに引き摺られない筈なのに、化け物染みたしわがれ声だった。そんな俺を見て、奴はますますその表情に喜悦を滲ませた。
「今しばらくはそこで待ってい給え。私がルシファー、サタン以外の魔王を平らげるまでな」
「っ、待て!」
「サタンが見当たらぬは心残りだが……私が出てきた以上、計画は最早成就したものと心せよ。
 さあ畏れよ。恐怖せよ。我こそはプレーローマ。新たな世界を流れ出し、汝をデーミウルゴスへと堕とす至高アイオーンなり。失墜せよ。零落せよ。く、くふ、くはははははははははは――!」
 影絵の男は狂騒と共に先輩を抱き寄せ、その襤褸外套を翻すと消えていった。
「……クソッ! あのクソ野郎が、道理であれだけ嫌悪される訳だ! 悪辣にも程がある! クソ野郎ッ!」
「――アレにとっても、彼女は卿を駒とする切り札だ。無碍にはすまい……万が一のことがあれば、彼女の身の安全だけは、私が命に代えても守り通そう。万全の状態で来るといい」
 大地に拳を叩きつける怠惰の獣に去り際声をかけ、傲慢の黄金の姿も掻き消えた。
 直後。
「こ、れは……」
 空間そのものが変貌を遂げる。脈動する洞窟が俺ごと呑み込もうとじりじりと迫りくる。同時に突如発生した威圧感。この世を数回は滅ぼして余りあるその8つの瞳が、俺を射抜いている。
 痩身を悪寒が走り抜ける。この世界に、最早コレに適う者はいない。
 だが。
「じゃあな、桐彦。俺は行くよ」
 俺が殺した彼のためにも、絶対に先輩を取り戻す。
 既に魂を吸い取られ、跡形もなくなった桐彦のいた場所を一瞥し、俺は人間の姿に戻ってエレベーターに乗り込んだ。目指すはB.E.E.L最上階。ベリアルの座す社長室だ。

○○○○○

 七つの脚に、七つの眼。第八の眼は狂気を孕む。
 大罪の魔王5柱を束ねた総体。欠けた傲慢[Superbia]、憤怒[Ira]を強引に6柱の天使で代用した超魔王。
 その生誕に、世界そのものが軋みをあげた。生誕を呪いつつ、しかしその存在を受容すらできない――否、寧ろこの超魔王こそが世界の殻を破りつつあるのだ。
 そもそもからして、神が座す宇宙はこの次元この世界より高位、或いは外側にある。そこへ至るためには、自らも神になる他にない。そうして初めて、挑戦者は超越者へ挑む権利を得る。
 ベリアルは今この時、ベリアルヴァンデモンとして再臨し、同じくデジタル・モンスターとして再臨を果たしたであろう神聖四文字YHVHの玉座へ手をかけた。
 神たれば、自然そのものを中心に世界が流出する。それがこの宇宙の原則だ。
 "在りて在る神"の流れ出した世界が現世界だ。それは人類の知る歴史を刻み、神魔幻想が跋扈し、そして人間に排斥された世界である。YHVHの再臨如何にかかわらず、彼の宇宙はこうして今も残存している。対してベリアルヴァンデモンの形成したキメラ型デジタル・モンスター――"オグドモン"が流れ出させるものが新世界だ。それがどのような形をとるのかは未だ不明だが、とにかく現在、常人には知覚できない領域で、新世界による宇宙の塗り潰しと現世界の抵抗が繰り広げられている。
 さながら、卵の中に新たな卵が産まれているのと同じである。宇宙の容量限界が卵の殻であり、新たな卵が生きていくには旧き卵を駆逐する他ない。逆に旧き卵は新たな卵を封殺しなければその生存が危ぶまれる。
 ゆえに超越者の世界は同じ超越者を内包できない。集合無意識の世界が新たな形をとったこの時代なればこそ成立し、現と夢界の区別なく世界はせめぎあう。
 オグドモン――デジタル・モンスターとしての彼は、霊的な階梯圏域を示す言葉"アイオーン[Aion]"、その至高の8つを示す"オグドアス[Ho Ogdoas]"を象った存在である。グノーシス主義において、YHVHは偽創造主デーミウルゴス[Demiurge]であるとされ、それは最低次のアイオーンより流れ出たものとされる。
 神話法則という制約を架されたデジタル・モンスターにとって、これは大きな相性差だ。本来ベリアルヴァンデモンは七柱の魔王を従えられる器ではない――バルバモンですら、その1000倍の獄炎を操れるのだから。ましてや主神に挑むなど、本来正気の沙汰ではないのだ。
 つまり、ベリアルヴァンデモンはその実力差を、オグドモンとなることで解消している。オグドモンは決して十全に自らを制御できないが、存在するだけで、YHVHの世界に対し優位に立っている。
 なればこそこの様に――。
「ランプランツス――ッ、なにッ!? 」
 部屋に踏み込むや否や鎖に纏わり着かせ飛ばされた炎の氷柱を受けて、オグドモンは一切の痛痒を受けない。

○○○○○

 エレベーターの扉が開いて初めに目についたのは、山と見紛う巨体と、囚われの彩利先輩だった。
 異形のデジタル・モンスター。下から見上げる形になるそれは、七本の節ばった脚に繋がった胴体に7つの眼が開いている。その中央、紅く輝く透明な水晶体――これも瞳だろうか――の中に、鎖で絡め取られた先輩の姿が見て取れた。
 首にも、薄い胸にも、細い胴にも、今の俺では触っただけで砕けそうな両腕両足――計七本の鎖が白い柔肌を締め上げて、先輩は両腕を吊るされ、膝立ちで拘束されていた。
「ランプランツス――ッ、なにッ!?」
 即座に鎖を展開、水晶体目掛けて氷の火柱を飛ばすが敢え無く霧散した。
 今のはかき消された訳じゃない。ベルフェゴールと完全に同位階、つまり戦闘力の上ではルイと同レベルにまで達した俺だからこそ、本能的に理解する。
 この異形のデジタル・モンスターは、ただ"在りて在る"だけで、あらゆる攻撃を無効化するのだと。
「こう、はい……? 駄目だ、私を……見るな……」
 外からの衝撃に気付いたのか、先輩は瞳を開けて俺を一瞥し、再び瞼を落とした。ほぼ同時に水晶体が赤黒くどろどろした液体で満たされる。
「な……!」
 先輩の姿が視認できなくなる。全く透明度のない粘調の液体に、その肢体が包まれた。予想だにしなかった、俺を拒否する言動に面喰らう。
「来たな。心せよ、じきに世界が孵る」
「ルイ・サイファー……!」
 絶望の淵に浸りかけた俺の傍で、オグドモンの放つ重圧を柳に風と受け流しながら、傲慢は語る。
「そう睨んでくれるな。心砕いた卿に敵視されては、私も心が痛い……ま、無理もないが。ああだが、姫君は無事だよ……卿の友から聞かされた話で、少しばかり、心を塞いではいるがね」
 そういう理由なら、まだ安心だ。桐彦との喧嘩で愛想を尽かされたかと思いひやひやしたというものだ。
「当たり前だ、傷一つ着いてたらまずアンタから殺してる。
 で、世界が孵る……ってことは、アレがベリアルの目的だったと? 微動だにしないところ、全く制御できてないようだが?」
「然りだ。アレ自身も言っていたように、アレは"オグドアス"――オグドモン。即ちグノーシスの主神と言ってよい。あそこまで位階を高めて、我ら神の被造物は、ようやく我らが愛しき父への拝謁の栄に浴すことができるのだ」
 そして――と。ルイは初めてデジタル・モンスターとしての姿を顕す。冷貌を皮肉気に歪め、無造作に腕を振った。対象はオグドモン。奴の存在に悲鳴をあげる空間を更に揺らがし、衝撃波はその七足を粉砕せんと迫り――俺の時と同じく消滅した。
「我らが神聖四文字の被造物たる以上、あらゆる悪意ある攻撃は、アレには届かん。まだ魔王の力を御しきれず動くこともできていないからよいが――動き出せばじきに滅ぶよ、アレ自身も。現宇宙の崩壊とどちらが早いかは分からぬがね」
「なっ……親友じゃ、なかったのか」
 憐憫を滲ませながら、オグドモンに攻撃する。そしてその自壊が明らかでありながら、一切それを止めようとも思っていない。全く腑に落ちない行動だ。
「無論。ベールのことも愛しているさ。己の性を突きつけられ、その想いに嘘はない。だからこそ――」
 明星の嚇怒が伝わってくる。そして理解した。
 俺はこの感情を以前にも理解している。即ち――。
「――あの姿は見るに堪えん。
 嗚呼、私は識っていたのだよ。この結末を。
 その上で、ベールが満足するならば、そこまでは付き合ってやろうと思った。卿にはすまないと思ったが、そのための演技も憚らなかった。」
 ――ベルフェゴールがアモンに対して抱いたそれと同じだ。
 堕ちた友人を見たくない。見せたくない。その醜態を晒しておくのは忍びない。
「アレは最早ベリアルの妄念だけで動く骸だ。今のアレには、何も届かない。言葉も、攻撃も。ゆえに、卿には彼女を取り戻してもらう。そうすれば、オグドアスは構成できず、大罪の主たる我々の攻撃も届く」
 そうであるならば、今再びこの黄金を信じよう。
 俺とコイツの目的は同じ。オグドモンの打倒という訳だ。
「……分かった。しかし、どうやって――」
「簡単なこと。今のオグドモン自体が、新世界を内包した宇宙卵だ。現宇宙と鬩ぎ合う流出が行われている以上、目には見えんが入る隙がある」
 つまり、そこへ行けと。行って先輩を取り戻せと。
「彼奴の中ヘは、私が送ろう。卿は今から彼女をもう一度口説き落とす口上でも考えておけ。
 とはいえあの中はどうなっているのかは私にも分からぬ。現宇宙の住人である卿には相当苦難な道の筈だ。それに……間に合わなければ、オグドモンの崩壊と共に彼女も消滅する」
 いいさ、それで丁度いい。それぐらいの困難は乗り越えてこそだ。
「任せてくれ。準備はいい、いつでもやってくれ」
 俺は姿を魔王のそれに変化させ、転移の衝撃に備える。そして俺は――。
「――武運を」
 明滅する視界と共に、黄金の魔力を纏いながら新世界へと旅立った。
Lorem ipsum dolor sit amet, consectetur adipiscing elit.
コンテンツに戻る