ヨトゥンヘイムの悪竜 - ぱらみねのねどこ

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ヨトゥンヘイムの悪竜

 さしあたってメガドラモンを迎え撃とうとウィザーモンが言うので立風市の市街ギリギリの未だ無名都市だった時代のクソ田舎な風情が残る荒涼とした地までデジタルワールドやデジタルモンスターについて説明を受けながら法定速度の1.3倍ぐらいで激安レンタカーを走らせる。この野郎俺と違ってかなりファンタジーに寄ったタイプの魔術を使う割に姿くらましとかポート・キーとか箒に乗ったりとかできないらしいから移動手段は現代的に原始的かつ魔術的に最先端だ。ウィザーモンは後部座席に置いといたので国営のマフィアとも呼ぶべきクソのボケカスであるサツカンに見咎られることもなく爆走。レンタカーって奴は乗り捨てたりぶっ壊したりしても賠償程度なら特に問題にならない額で済むのもいいよね。
 なんにせよ俺らは確実にマークされている筈だしなんならメタルエンパイア帝国にウィッチェルニーの生き残りを発見したと連絡が入っていることだろうからまずはメガドラモンをボコらなきゃ立風市から逃げ出そうにも話にならない。
「それでどうする、実際アイツをぶちのめす目途は立ってるのか」 
「用心深い君のことだ、なにか案があるんじゃないか?」
「あるわけないだろう。俺は戦うタイプの術師じゃないんだよ。相手の目から隠れたり弱点ついたりはできるが、正直デジタルモンスター相手なら同族であるお前が頼みだ」
 先ほどは突発的な邂逅だったから逃げたが今回は仕留めるつもりで行かなければならない。街中で戦う場合は無駄に被害を増やすのはどうでもいいと思いつつも爆発や火災に巻き込まれる危険性があるから市外に出るのは賛成したが、勝ち目がないというのなら逃亡して師に連絡でも取ってみるのが先だろうとそこまで考えたところでウィザーモンが緊迫した声を張り上げる。
「降りろ――っ、来たぞ!」
「まあ市街地を出りゃそりゃ隠形も無駄だぁな!」
 舌打ちとともにハンドルを大車輪さながら左に回転させて"ジェノサイドアタック"とかいう有機体系ミサイルの回避を試みつつ運転席とその後ろの座席から俺たちは転がり出る。本音を言えばもう少し余裕をもって到着して爆弾の一つも仕掛けておきたかったが無為に終わったか。ジャケットの裏に張り付けておいた火星の2の護符に魔力を通して励起させれば地面を転がった時に負った軽い擦過傷とか打撲とかが瞬く間に癒えていく。毎年きちんと星辰も合わせて作っている自慢の護符だから骨折程度ならば即座に動ける程度にしてくれる筈だ。
 同時にもう一つの護符も保険を兼ねて起動しておくがこちらを策に利用するには確認しなければならないことがある。俺たちがいくら口頭で見事な即興作戦を披露したとしてもそれを察知されたのなら意味がない。先の邂逅では一言も発していなかったメガドラモンだがデジタルモンスターという種族がウィザーモンのように人語を解するなら黙したまま意表を突くほか勝機はない。
「コイツ、人語の理解は!?」
「できる筈だ、魔力を送るだけに徹しろ!」
「面倒な奴だな……察して動けよ!」
 案の定と言うべきか残念ながら物事はうまく運ばないのが常なのか無言のまま追いかけてくるのは俺たちを会話の価値もない獲物と見定めているからのようだ。メタルエンパイア帝国の一員であるなら奴らにとっては侵略戦争、それも一匹残らず敵国の生命を殺すつもりなのだから当然とも言える。
 ドカドカと弾切れと言う概念を知らないかのように両腕の"メガハンド"から計2発ずつミサイルを撃ち込んでくるメガドラモンの瞳に感情は窺い知れないが、どちらかと言えばウィザーモンに多めに向けられている。
「そんな遠距離からではなぁ――ウィンドカッター!」
 太陽を模した柄頭から風の刃が回転する手裏剣の軌道でミサイルに命中して俺たちに到達するよりも早く空中で爆発させる。暫くの膠着を経て赤銅の機械竜は痺れを切らしてミサイルを撃ち止め照準を合わせるような動作を取る。メガハンドの中心が向いている方向を素早く視線で確認するとウィザーモンの額をポインターが照らしている。恐らくもう片方の腕が向いている俺の額にも表示されていて次の瞬間もう目の前に一条の閃光<ruby>一条の閃光<rb><rp>(<rt>パルスレーザー<rp>)</ruby>が走って俺は仰向けに倒れた状態で曇天を見上げていた。
「――ロクジョウ!?」
 構造上人間より余程頑強らしいデジタルモンスターであるウィザーモンが、今の一撃をまともに食らったはずなのに平然と焦りを滲ませて俺の名を呼んでいる。攻撃を喰らったと理解した瞬間に魔力の送信も切ったからウィザーモンの慌てぶりは真に迫ったものだろう。メガドラモンの様子はわからないが、計画通り。
 予想外に強かった衝撃に瞼の裏で目を白黒させながら俺は己の生存をメガドラモンに気取られぬよう息も心音も極限まで抑えながら左手首の腕時計に仕込んだ魔神のシジルに魔力を回す。
「――汝クロセル、48の悪霊軍を指揮する水弄侯爵! 
 "Y" "H" "V" "H"――テトラグラマトンの名に於いて
我が意を為せ!」
 幾何と教養を修め人の才能という泉を自在に操るソロモン魔神の序列49位。水弄侯爵クロセルが引き起こした局地的な豪雨が俺たちの身体をしたたかに撃ち据える。
「ウィザーモン! 最大火力でぶちかませ!」
「いいだろう――サンダー……クラウドッッッ!」
 ウィザーモンの必殺技サンダークラウドでは一時的に行動不能に追い込むのが限度だったのだからメガドラモンを倒しきるなら火力を底上げするしかない。そして電撃の威力上昇となればやはり水なのだから俺は事務所を出る際にクロセルの印章をひっ掴んで時計の裏面に仕込んでおいた。水に濡れた上で電撃を浴びたドラゴンは機械部分に盛大に帯電を見せながら地に崩れ落ちる。
 どうだ見さらせやってやったぞ。敵を欺くにはまず見方から。ビバ故事成語ビバ孫子。魔力を盛大に使い果たし出がらし状態で濡れて柔らかくなった地面に膝をつきそうになった俺を、駆け寄ってきたウィザーモンが強く腕を掴んで支えた。
「無茶をする男だな君は……パルスレーザーを耐えたのはどういう絡繰りだ?」
「協力者とはいえ、手札を明け透けに開示する魔術師がいるかよ」
「ハハハ、違いない」
 メガドラモンは最早敵意の一つも感じないほど完全に沈黙した。クロセルの招来した雨雲も霧散して戦勝ムードのまま笑い合ういかにも青春マンガの最後のひとコマを飾れそうな感じだった俺たちは、しかし曇天に走った亀裂に目を疑った。
「GAAAAAAAAAA…a!」
 次元の裂け目より響く、およそ現代人では生涯聞く機会もないだろう獣の咆哮は先ほどまでの敵手と寸分違わぬシルエットのデジタルモンスターの口から放たれていた。おそらくデジタルワールドとやらと繋がっているだろう僅かな隙間から這い出た機械竜の体表は己の毒性をこれでもかと自己主張した紫。ボロの翼さえ完全に機械化された完全暗黒竜。
「ギガドラモン……ッ、そもそも2体送り込むつもりだったのか……!」
 忌々し気なセリフと共にウィザーモンの頬を冷や汗が伝ってすぐ口元のマントの布地に吸収された。
「ロクジョウ、何か手はないのか」
 このヤロウ俺のことをびっくりどっきり21世紀のネコ型ロボットか何かと勘違いしていやがるんじゃないか。死力を振り絞るつもりで体内に循環する魔力の残渣を絞り上げる。
「――っできなくはないが、マジでこれっきりだぞ!? お前ちゃんと俺のこと運べよな!?
 汝アガレス! 31の悪霊軍を従える東方侯爵!
 アドナイ、エロイ、エロエ、エロイム、ザバホス、エリオン、エシエルス、ヤー、テトラグラマトン、サダイ――彼らの守護を以て恭順を示せ!」
 メガドラモン同様に"ギガドラモン"は機械化改造済みの両腕を構え上空からいやらしい笑みを携えた唇の生えたミサイルを発射してくる。無数の有機体系ミサイルを先の焼き直しの如くウィザーモンが迎撃している内に、全身の神経が焼け爛れるような軋みを挙げながらも大地が鳴動を始めて序列第2位の御業、即ち地割れが顕現する。俺たちを飲み込むギリギリのサイズで地面に亀裂が走り、ギガドラモンがこの世界に顕れた分だけ離れるように地下世界に落ちていく。
「成程、これなら追ってはこれまい――この後は!?」
「知らん! 市内なら電脳系統処理のために全域に地下空間があるが、自慢じゃないが俺はもう指一本も動かんぞ!」


 ウィザーモンの"マジックゲーム"とかいう技で地下に頭から落っこちて頓死するのは免れたが正直電脳と真逆の方向に全ツッパした人種である俺にはこの異常なまでに広大な地下空洞の構造など推察すらできない。いくつものLEDライトで人工的に照らされた壁全体に走るケーブルとコードの違いすら分からないのだからギガドラモンの攻撃から逃れられたことをひとまずの成果とするべきか。天井と言うか向こうからすれば地面に走った地割れの跡は追いすがる暇もなく閉じている筈だ。元よりアガレスは謎めいた言葉で人を弄する悪魔だから、識能たる地震文献によれば幻影に過ぎぬ以上初めから何もなかったかのように地を凪がせることも可能という寸法だ。
「……脱出ルートは分からんが、とりあえず仰向けにひっくり返して貰っていいか……?」
「な…………」
 閉じている筈だ、と言ったのは他でもなく俺が今うつ伏せのままコンクリートの床に敷かされているからだったが、ウィザーモンに起こせと訴えるも返事はない。気配はそこに感じるから見捨てられたという事もなかろうが、身体の芯から力が抜けており何をしているのか確認することもできない。
「……? おいウィザーモン、どうした。確かに予想と違って異常なまでに広かったが、地下に伏兵でもいたんじゃないだろうな……」
「馬鹿な……ありえない……っ! 何故ムゲンドラモンが、こんな場所に――ッ!?」


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「ムゲン……ドラモン……?」
 俺はその名を知っている。いや正確にはさっき車中で聞いたのだがまあ知っているという事でいいだろう。アイノウワットザットマシーンイズ。曰く機械帝国メタルエンパイアで猛威を振るった最終兵器。
 ウィザーモンの助けで身体を起こし視線を向ければ、無尽の動力で無数の命を散華させる無限機龍が両腕を喪った不完全な姿で立風市の地下に鎮座していた。確かに落下時間が地下空間として想定していた深さからすれば尋常でなく長かったが、だからと言ってムゲンドラモンの巨体を入れて有り余るスペースが確保されていると誰が予想できるだろうか。
 先に相手をしたメガドラモンが"完全体"でありウィザーモンはそれより一段劣る"成熟期"とは聞いている。だからこそ奇策に嵌めて漸く討ち取ったのだから。そしてムゲンドラモンが完全体の更にその上"究極体"であるというのも知っている。流石に諦観が胸中を埋め尽くすが渇いた笑いを挙げるウィザーモンに対しても何ら反応を見せないムゲンドラモンの様子は明らかにおかしい。"デジタルモンスター"が生命体である以上マシーン型でも目に光が一切宿っていないのはどういうことだろう。
「は、はは……これは、無理だ。すまないロクジョウ。私も君もここで終わりだ」
「まだだ。よくみろウィザーモン。アイツ、動く気配がないぞ。脅威度はいま地上からガッツンガッツン攻撃を仕掛けてくるギガドラモンの方がよっぽど上だ」
 思索を巡らす時間などある筈もなく、ギガドラモンがミサイルだのレーザーだの物理攻撃だので地下に向けて掘り進んでいるのが嫌でも音で理解できる。実際問題、対処に迫られるべきは動かないムゲンドラモンよりこちらを追ってくるギガドラモンだ。
 ウィザーモンには何としてでも手詰まりな俺を引きずってでも動いて貰わねばならない。もう一歩も歩けないが、キリエへの糸口を見つけて24時間も経たずに死んでたまるものか。
「掘削音が迫ってる。ここは地下だが、ギガドラモンだって十分飛べるデカさだぜ」
「……そう、だな。戦えばまず勝ち目はない。すまない、取り乱した」
 杖を振るったウィザーモンの魔術で浮き上がった俺の身体はそのまま奴の走る速度と連動して地下空洞を駆けていく。ムゲンドラモンの居たこの大空洞へ繋がる道は複数だが、どれに入ろうかと議論しても運を天に任せる以外の結論は出せないことを承知しているのかその脚運びは淀みない。
「実際どうだ、奴らのセンサーは迷わず俺らを追いかけられるのか?」
「恐らくそうだ。生体反応と距離しか測れないようなセンサーではないはずだ。体温や気流の残滓からどちらへ向かったのかぐらいは簡単に導き出す」
「戦うしかないか……せめて飛行能力が発揮できなさそうな道を選べよ」
「爆発か何かを起こして封鎖できる通路があればいいのだが……!」
 この迷路染みた地下通路の中に、サーバとかそういう物が運よく通路の真ん中辺りに設置されていればまだ目はある。
「GAAaA……!」
 地下の淀んだ空気すら震撼させるギガドラモンの咆哮が反響して増幅して鼓膜を劈く。鬼ごっこは続いたが、地下空洞は通路ですらやたらと天井が高くギガドラモンのスピードは一向に衰えない。魔術で浮かせているとはいえ徒歩と飛翔では当然の如く翼持つ者に軍配が上がって機械羽のウィーンという独特な風切り音が近づいて来るからウィザーモンは必死に光に向かって駆けていきそして最後にはどういうルートを辿ったのか結局ムゲンドラモンの足元に辿り着く。
「く――っ、おのれ……!」
「おい、ウィザーモンお前――!」
 全身をバネのように伸ばしながらウィザーモンが杖を振るうと俺の身体は大空洞の作業場と思しき壁面の出っ張った足場に飛ばされる。当然まだ体力も魔力も回復しておらず痛みに呻きながら這うようにして下を覗けば、ウィザーモンは駆けてきた通路に振り向いて身の丈ほどのロッドを構えていた。
「すまないロクジョウ。奴らの狙いは今のところ私だけだ。人間界への侵略はまだ先だろう」
「テメェ――ッ、折角捕まえた情報源をみすみす死なせる訳ねえだろうが!」
「約束を守れないことは素直に詫びよう。ここまで助かった。時間を稼ぐから何とか逃げてくれ」
 ファックザット。まだ異界渡りの方法だって聞いちゃいねえんだぞクソッタレ!
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!!」
 ギガドラモンの咆哮が近付いている。ファック。ファックファックファックファックファック! 俺は何もできやしねえ。キリエの時も、今も! この14年間、魔術を修めて何かを為したつもりになっていただけだ。
 デジタルモンスター? メタルエンパイア帝国? なんだそれは、ふざけんじゃねえぞ! 左道に傾倒したのが間違いだったってか? じゃあ他に俺に何ができた、無理だろうが! デジタルワールドの存在だと? ティルナノーグの実在だと? この世界で誰が知ってたよ! 俺は血の滲む想いで命と時間を捧げて力を得た。そうさこれでもひとかどの魔術師だ! マヨヒガだろうが黄泉比良坂だろうが探し回った! それが今になってデジタルワールドを制圧し終えたメタルエンパイア帝国なんぞがこっちに食指を伸ばしてきたから糸口が開けただと!? 舐めてんのかボケが! 
「認めねえ……絶対に認めねえ……!」
 怒りだ。血も肉も骨も、精も霊も魂も、骨髄から髪の一本一本に至るまで己と世界への憤怒に満ちている。次元を越えた怒りを抱けば逆に思考の一部が冷静さを取り戻すように、いっそ冷徹なまでの冷めた嚇怒。
 魔術の根本が無意識の制御すなわち感情の操作にあるのだから、御風恭一という人間のあらゆる全てを以て怒りに邁進すればどうなるかなど自明の理。
 見えるのだ。勝ち筋が。トンネルから飛び出して頭上を取ったギガドラモンのジェノサイドギア乱舞に押し込まれそうになっているウィザーモンを救い出す逆転の一手。
 この場において唯一何も為さず、何も思わずただ在り続ける浮き駒。最悪の機械竜に、運命的な迄に目を奪われた。
 だから俺は無意識に、だが導かれるように、この憤り全てを籠めて、脳裏に浮かび上がる祝詞を謳い上げた。

「――Wotan, Fricka, Räte, Alberich, Mime, Fasolt, Fafnir.
 鋼の眷属、血と鉄に彩られた災禍の獣ども。汝が王たる我が威の前に首を垂れよ。
 ラインの指輪の名に負いて、神の座さえも我が思いのままとならん。
 ――ヨトゥンヘイムより来たれ! ファフニィイルッ!!」

 ムゲンドラモンの闇を湛えた眼窩に、赤き光が宿る。


 一瞬の間隙を突いて俺がいたのはムゲンドラモンの"本来ならば"デジコアが在る部分。睨んだ通りそこにデジタルモンスターどもを動かす根源である電脳核は存在せず誰か搭乗者が乗り込む事を想定しているかのようにコクピット染みた設備があって俺とウィザーモンは計2つのコンソールらしきものの前で並んで立っていた。
「――っ! ここ、は……?」
「よっしよく来たウィザーモン。どうやらコイツ、デジタルモンスターじゃねえ」
 活力も全快しているのか絶好調で、困惑するウィザーモンを他所に内部を確認していく。或いはこれがアドレナリンの過剰によって疲労に鈍感になっているだけでも、今こそ無理と無茶の使いどきだ。構うものか。
「人工物だ。メタルエンパイア帝国の決戦兵器を模造した、人間のためのムゲンドラモンだ」
 コンソールに、高らかに自分の名を謳い上げるように表示されている『Fafnir』の文字。先に脳裏に浮かんだ詠唱も踏まえて明らかにワーグナーの『二―ベルングの指輪』を踏襲したその名を頼もしく感じてならない。
 どこか馴染んだ動きであるかのように、両の掌をそれぞれの液晶に触れさせれば意識がジェットコースターの頂上から急降下したレベルの緩急を伴って奪われ、視覚と聴覚がファフニールのそれとリンクする。常人ならばその煩雑さに混乱必至の情報過多だが生憎と六条恭一は魔術師だ。現実にもう一つの現実が重なる程度の情報処理、基礎の基礎レベルでしかない。
 とは言え扱えるのは感覚器だけで、如何に力を籠めようが念じようが運動器つまりこのムゲンドラモンで言うならば尾と脚と首は微塵も動かない。得物の瞬間移動に驚愕した様子のギガドラモンを視界に収めるが、動けないまま攻撃の手を向けてこられれば鋼鉄の悪竜はすぐさま棺桶と化すだろう。
 冷静に立ち返ればそもそも機械を人間に接続する芸当など俺に扱えるものではなく、つまり傍らのウィザーモンが何かしているという事になりその予感は的中する。
「成程……確かに、扱えなくもない。元より"繋ぐ"ことは得意でね。だが一つ訂正が必要だなロクジョウ」
 杖をコクピットの床に突き付けて何事か呟いていたウィザーモンが面を上げると、走っている電子回路全てに魔力が迸り薄明く励起する。
「これは――我々のためのムゲンドラモンだ」
「ハッ、疫病神が言いやがる」
 ウィザーモンによる調律を経て、人造機竜ファフニールは遂に起動する。
「Ggg――GAAAッ!?」
 突如動き出したムゲンドラモンに対処を決めあぐねているギガドラモンにテイルスイングをぶちかます。だが流石に完全体と究極体とは言え打撃一発で戦闘不能にはならないのか鋼鉄の翼をはためかせ上空へ逃れやがる。尾も牙も届かないファフニールに対してギガドラモンは安全圏からジェノサイドギアを乱射する。
「ッチィ、無駄に<ruby>賢<rb><rp>(<rt>さか<rp>)</ruby>しい野郎だ。おい、こっからサンダークラウドとか撃てないのか」
「無理を言わないでくれ、私はもうこれの調律だけで限界だ!」
 今の所平然と耐えているが、そもそもこちらは不完全なムゲンドラモンだ。人造である以上さすがに素材は人間界の物だろうからあまりデジタルモンスターの攻撃を受ける訳にもいかないだろう。
「空を飛ばれると敵わんのは同じか……!」
「クロンデジゾイト以外の一般金属なら、あの攻撃どれぐらい耐える!?」
「そう長くは耐えられん! 私が外に出て攻撃するしかないか……?」
『――その必要はない』
 二人して歯噛みする俺とウィザーモンの耳に聞こえてくる、自負心に溢れた印象を抱かせる男の声。思わず硬直するがギガドラモンの前で棒立ちになっていることは動きと思考に隙を作ったところで変わらない以上この声の持ち主が状況を変えてくれるだろう。
『地上のメガドラモンを仕留めたのはお前たちだな――よくやった。事情は問わん。"ファフニール"が動かせるなら、まずはそのギガドラモンを倒せ。その為の兵装ならムゲンキャノンがある』
「それは知っているさ、だが幾ら操作しても動かせない!」
『こちらでロックを掛けている。今はまだファフニールも不完全ゆえ究極体の火力は望むべくもないが、いずれは災害級の威力になるからな』
 帝国の決戦兵器であるムゲンドラモンの必殺技"ムゲンキャノン"は、確かにこの世界で無造作に放てるようなものではあるまい。
 俺が得心している間にも男の声は淀みなく続く。どこから通信を仕掛けているのか逆探知のようなことをしておきたいがその暇はなさそうだ。と言うかどっかで聞いたことのあるタイプの声のような気さえする。
『今からロックを解除する。精々メタルマメモンのエネルギーボム程度の威力しかないが、ギガドラモン相手なら有効打だろう。では、健闘を祈る』
 声の正体を探る間もなく通信が切断されると同時にファフニールが背に背負う一対の巨大砲塔が稼働する。ガシュンと言う音と共に固定機構が外れ、エネルギー弾のチャージが始まった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!!」
 既にファフニールが不完全なムゲンドラモンであることは察したのだろう、本来のムゲンキャノンならば避けることなどできないと理解しているギガドラモンはミサイル群の照準を砲塔部分に集中させて破壊を試みている。
 だが無理だ。こちらも既に度重なる必殺技を受けかなり外装が破損しているが、チャージ終了の方が速い。
「行くぜオラァ――ムゲン…キャノンッッ!!」
 人造機竜が身体のどこから生み出したのか分からない大炎熱波、それが球形をとってギガドラモンを彼の放った有機体系ミサイルごと焼き滅ぼした。


 コクピットを降りようとしていざ降り方が分からず苦慮したが降りるという意志を強く念じれば搭乗時と同じように瞬間移動でファフニールの足元に降り立っていた。思わずどかりと座り込むがドッと疲れが襲ったのだから仕方がないだろう。それはウィザーモンもわかっているのかそれとも彼にも余力がないのか、彼も杖に縋るようにしながら座り込んだ。
「まったく……予想外の事態だな。だが、何とか二人とも生き残ったことを喜ぼうじゃないか」
「お前との遭遇を喜ぶべきか忌むべきか、俺としては割と困る所なんだがな……」
 それから5分ほどすると、強烈なエンジン音と共にハイビームでこれでもかと言うほど地下空洞を照らしながらメルセデス・ベンツが爆走してきた。乱暴なブレーキングで止まった運転席の男が扉をこれまた乱暴に開けて歩み寄って来るので立ち上がって迎える。ファフニールから降りる際のゴタゴタも踏まえ通信が切れてから8分ぐらいでの到着だ。法定速度もクソもない場だから勝手知ったる道という事も鑑みて平均120Km/hと仮定すれば凡そ16Kmぐらいの距離を走って来たのか。無論直線とカーブの比率によってはかなりの誤差が生じるがこれぐらいは想定しておいて悪いことはないだろう。
 凡そ16Kmの距離を爆走してきたっぽい男は案の定俺の知った顔で、いい年こいて白スーツ纏って菫色のロン毛を白の山高帽で押さえつけた優男だった。アルカイックスマイルな面貌の下で胸元のスカーフが純白を主張して鬱陶しいな自営業か貴様?
「内閣府・機獣対策超国家機関『ロキ』へようこそ――局長の比良野だ。歓迎しよう、六条」

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