Jという人物 - ぱらみねのねどこ

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Jという人物

 その日のルームは、Jの一言で始まった。
「時にツェーン。Digital Monsterという新進気鋭のFolkloreを知っているかな」
 Jというのは俺のチャット仲間で、成る程一風変わったアバターで一風変わった作品を提供する、要するにここ『サロン・ド・パラディ』に相応しい人物と言えた。日本人ではないらしく、他国の単語をそのまま送信してくる癖があり、その為無駄にスペルに詳しくなってしまった。
 黒いシルクハットを被り直すJに対し、返信を打ち込む。
「知ってるもなにもデジタル・モンスターってお前、それはお前の小説のタイトルであり、出てくる架空の生命体じゃないか」
 ファンです続きお願いします。
 デジタル・モンスター。それはJのアップロードする冒険小説だ。無数の広がりを見せる怪物達の生態系、無限の可能性を秘めた進化というシステム。それだけではなく、彼ら専用の文字系統すら用意されているのだから恐ろしい。加えて何よりも人気を博している理由としては、まるで直に見てきたかのような堂に入った描写だろう。現在投稿されているのは――『魔王戦役』の章か。
「そうとも。そうとも」
 片手には羽ペン。羊皮紙には複雑な数式と魔術式が綿密に書き詰められ、机の上には胎児らしきもの。
 テキストを打ち込んでいるときのモーションだ。実に凝っている。
「俺の作中に出てくるMonster共だが、実は現実で見かけたという話が続出している。真偽の程は知らんがね。とはいえ我々はいくらか怪奇現象も知っている。世界に起こり得るということも。ならば信じ難いことではあるが、この世界に、俺の作中のDigitalなLivesが飛び出すこともないとは言い切れまい。古い民話という言葉を使いつつ、新進気鋭と言ったのはそういう訳だ。口裂け女、ターボ婆、寺生まれのTさん、メリーさん……挙げればキリはないが、いずれも俺やお前は知っているはずだ。噂話より生まれた怪異を」
 黒手袋を軽く開きながらの長口上。だが結局、実在するはずのないものがそこにいたという噂には、ある可能性がつきまとう。
「熱狂的なファンのおちゃめなんじゃねえの。お前の作品、すげー人気だし。特に制限しちゃいねえだろ」
「知ってる。知ってる。一切、ご承知ずくだ」
 Jは立ち上がる。彼の描くデジタルワールドという世界は掛け値なしにすばらしいと俺も思う。そして、そのファン活動が活発なのも頷ける。毎度お、Jの投稿した小説にはものすごい数のレスがつくものだ。
「手の込んだCostume playである可能性は否定すまい。だが、誰が好き好んでそんな噂を流す。GAGに全力をかける人種もいるだろうがね。まあ話半分に頭の中にでも置いておけ。案外おもしろいことがあるかもしれん」


 Jがログアウトした、深夜のサロン・ド・パラディ――そのVIPルームは閑散としていた。
「デジタル・モンスターねぇ」
 それが現実の世界に飛び出してきたという。夢のある話だ。嫌いじゃない。
「ま、わざわざ探しに行くほどじゃないがな」
 俺もルームからログアウトし、投稿されている作品を眺める。
 最新投稿作品に並んでいるのは有羽 十三[Ariba Juzo]――ハンドルネームをツェーン[Zehn]の作品。Jと並んで、創作物投稿・交流サイトサロン・ド・パラディ[Salon de Paradis]の管理人と交友のある数少ないアマチュア創作家。つまり俺だ。
 ふと、Jとの邂逅の瞬間を思い出す。未だ直に会ったことはないが、もう結構なつき合いになっているはずだ。
 

 精巧に作られたシルクハットに黒マント。かけたモノクルの奥では炯々と光る双黒がせわしなく動いていた。
 けれん味にあふれた人種が多いウェブだから、それだけでどうということもない。Jも他の参加者にいずれとけ込むと思っていたが、奴は弾けた。
 神出鬼没にて傲岸不遜。放たれる毒に塗れた文言は多くの利用者を陶酔させてやまず、作品もいたく面白かった。
『名が必要ならば、Jと呼べ。俺の名であり、師の名であり、皆そう呼ぶ』
 『デジタル・モンスター』を投稿してすぐ、彼はチャットルームに現れてそう言った。そして巧みな言葉遣い、面白すぎる作品に大勢のファンが付くこととなった。
 優れているのは作品だけではない。即興話もうまいのだ。そもそもJというのは彼の作中に登場するキャラクターで、主人公の師であり、その薫陶を受けた主人公は自らもJを名乗るようになっていく。そのJという名を名乗る以上、彼はなりきりと呼ばれるジャンルのロールプレイを常時行っていることになる。請われれば作中で語られぬ行間の冒険譚を即座に語ってみせる。ひょっとしたらネタのストックが著しいだけで、時間を見計らってコピペしているだけなのかもしれないが、それにしたって凄まじいものがある。
 そうしていくらかの時が過ぎ、ツェーンとJは親しくなっていった。何があったというわけでもない。気があったのだろう。どちらかというとJが衒学趣味を発揮し、俺が聞き役に回ることが多かったが、不思議と心地よさを感じる間柄だった。


 まあ、そんなわけで。
「やあツェーン。私が今度、日本へ赴くと言う話は、既に耳にしているかな」
 などどJが言ってきたときは、実に驚いたものだ。
「なるほど。オフ会の時がきたか。決着を着けるぞ」
 ニヤリ。
 ニヤリ。>ニヤリ。
 『こちらの服装はいつものアバターと同じだ。目立つだろうから、見間違えようもあるまい。先に店に入って待っているぞ』。
 こんなメールを寄越したJに倣い、集合地点に設定したファミレスに足を踏み入れる。
 気の抜けるようなラッシャッセーを聞き流し、「連れがいるんで」と店内を眺めて回る――いた。
 混雑時のメシ屋の中でも際だって目立つ黒ハット。入り口に背を向けるようにソファに座っており、こちらから視認できるのは優雅に組まれたスラリと細い足、それから艶やかさを感じるほどの銀髪。小説『デジタル・モンスター』の中から抜け出してきたのではないかと思うほどの容貌に、気分の高揚を禁じ得ない。
 周囲のざわつきが彼を中心にしていることを見るに、きっと相応の美形なのだろう。
 なるほど、ウェブ上で見るとおりのJの姿だ。
 ……少々、アバターから見れば髪が長いことが気になる。気になるが、まあ誤差の範囲内だろう。ひょっとしたら、作中で登場していない「J」なのかもしれない。
 そういう説も大いにあり得る。うん。
 だからそう。
 例え正面に座ろうとして視界に写った顔が傾国と称するに相応しい片眼鏡の美少女だったとしても。
 それにビビった俺が「んー? Jがいないなー……どこかなー……」といいながら席を立とうとしても。
 そんな俺の肩に手を置いて「どこへ行こうというのかね」と問うたその声が魔性のセイレーンを思わせたとしても。
「やめろーーーー! 美人局か!? ドッキリか!? おおお俺は知ってるんだ、そうやって座ってデレデレした途端、後ろから本物のJがドヤ顔で煽りにやってくるんだ!」
「私 が J だ」
 にこやかな表情とともに告げられてしまい、錯乱した俺もこの少女をJ本人だと認めざるを得なかった。


 それにしても――と、Jは対面に座らせた俺に告げた。
 俺は注文したアイスコーヒーを早くすすりたくて仕方がなかった。
「酷いじゃないか。日本文化の右も左も分からなかった私を捕まえて、『オフ会では美少女がどんな醜男に変貌しても当然だと思え』『自分の理想を他人に押しつけるな』と君色に染め上げたくせに、いざ自分の想像と私の素顔が違うと悲鳴をあげて逃げるのかい?」
「とりあえず『君色に染め上げた』だけ大声になるのはやめろ」
 あとオフ会の鉄則については当然のマナーだから。失敗してほしくなかっただけだから。
「っていうかだいたいお前日本文化ぐらい初っぱなから余裕で理解してたしそもそも想像に現実が下方修正を加えてくるならともかく現実に想像を凌駕されたら誰だって驚くっつーの……」
「ふふん、余りに美少女だから驚いたかい」
「ああ、驚いた驚いた」
「そうか、そうか。ツェーンは私が想像していた通りのイケメンだよ」
 不意打ちは寄せ。花のかんばせでそんな台詞を言われては動揺を抑えきれない。こちとら只でさえ現実に適応するので精一杯なのだから。
 訝し気な目で店員が置いていったアイスコーヒーを瞬く間に飲み干す。従業員の教育がなってないぜ、ファック。
「おまえね」
「いいじゃないか。私だって君に会えることを楽しみに浮かれてたんだよ」
「ああ、そう。で、聞きそびれてたけど、何しに日本へ?」
「君に会いに来た」
 うーんそっかー。
「何ぁーに言ってんだお前」
 うさん臭さをぬぐい切れない。どれほど現実に打ちのめされようとも、俺にとってJのイメージは傲岸不遜な怪しい美形なのだ。この銀髪のコスプレ美少女の影に、電脳空間で見慣れたその悪辣な表情がちらついて仕方がない。
「ちょ、ちょっとちょっと、あまりそんな目で見ないでくれ。君に嫌われたら私は生きていけない」
 よよよと袖で目元を擦るな。周囲の視線が凄い。やめろ、俺はコスプレも変装もしていないんだ。
「ふふふ、からかい過ぎたか。だが、君に会えてうれしいのは本当だ」
 そのままテーブルの上に手を差し出してくる。余りにも華奢という言葉がふさわしい細指に一瞬見惚れかけた。
「ああ、俺もだよ。これからもよろしくな、J」
「それで、この後はどうするね」
「定番だとカラオケとボウリングとゲーセンを梯子して『うぇーい俺らパリピじゃーんwwwwwwwwwwwwwwwwww』『ハァーウェイ系の奴らこんなことしてんのかよwwwww』と草を生やして遊ぶ。そのあとどっかで飯を食って解散だな。ここでも『飲み会ウェイウェイwwwww』とかする」
「ふぇぇ……パリピに対する偏見とコンプレックスが酷いよツェーン……」
「カマトトぶってんじゃねえぞ、お前だって散々毒吐いてたじゃねえか」
「いやネットの顔と素顔は別のモノでしょ……」
 なんてくだらない会話をしているだけでも楽しいものだが、Jから話題が振られた。まるでこれこそが本命だったといわんばかりの話運びだ。
「実はね。君に先日告げたデジタル・モンスターの目撃談。それがこの街に集中しているんだよ」
 マジかよ。俺一回も聞いたことないけど。
「君は世情を意図的に絶っているところがあるから。ゲハブログの残した傷跡は深いよね……」
「いやお前アレだけはこの世に生かしておいちゃいかんだろ」
「生き物じゃないでしょおじいちゃん――あ、今のは君を老害と揶揄する目的もあってね」
「いちいちかけことばの説明しなくていいから。で、もしかして日本に来たって……住んでるのこの街なの」
「……」
「何か言えよ」
「……知ってる。知ってる。一切、ご承知ずくだ」
「いやJのキメ台詞はいいから」
「いいや知っているよ。一日ならいざ知らず、銀髪美少女といつも一緒に行動しているところを知り合いに見られたらどうしようとか君が考えていることは」
「   」
「いいじゃないか。見せつけてやりたまえよ。やっかみの視線を楽しめるようになれば一流さ。創作者として有名税の経験もいいんじゃないか?」
「いや違えよ。いや違わないけど、いま黙ったのは違う理由だよ。お前、なに、この街でずっと俺と一緒に行動するつもりなの」
「そうだが」
「ダミット!」
「ゴッドをつけない辺り実に好感が持てるね。それはそれとして、まさか、ダメなのかい……?」
 潤んだ切れ長の翠瞳、縋るような視線が銀の前髪の狭間から覗く。ブラックインバネスとの対比が怪しくも艶めかしい。
「ぐぬぬ」
「君は、はるばる自分を訪ねてきた外国人の女を一人で放置するような男だったのか……勝手に作り上げていた偶像だったとはいえ、その崩壊にはそれなりにショックを受k――」
 美醜に限定したピラミッドがあれば、並ぶ者すらなかろうその容姿。それが周囲の視線さえ武器にして迫ってくる。敵わない、降参だ。
「わかった、わかったよ、協力する。デジタルモンスター探しだな。役に立つかわからんが、存分にこき使ってくれ――ただし、学校がないときだけな。これでも清貧に過ごしてるんだ」
「!」
 この世界がカートゥーンなら、きっと背景に「パ ァ ア」と擬音が表示されていることだろう。まるで画面いっぱいに華が咲き誇っているかのように、Jは喜びを露わにした。
「そうそう、その件だが――」
「なんだよ」
「――いや、やめておこう。それよりも、とっととこの街を案内してくれたまえ」
「その黒幕がやるようなこの世界の真実は全て知っているが今は教えてやらん興が乗ったら話してやろうぺらぺらぺらぺらみたいなムーブやめてもらえませんかねえ」

 未だ信じがたいことではあるが。
 Jの正体は美少女だった。



 その後、この街――蛙噛[Akamu]市の各所を巡ってはみたし、繁華街の路地裏まで覗いてみたりしたもののデジタル・モンスターは一体も見当たらなかった。当然だ。どこから仕入れてきたかもよくわからない話だし――尤もJの話題が突拍子もないのは昔からだが――、そうそう不思議存在と邂逅してたまるものか。そんなのは、精々都市伝説ぐらいで十分だ。

 Jと別れ、帰路についた翌日のこと。
 朝のホームルームが始まる前、自分の席で夢に現を抜かす俺を覚醒させる手が肩に置かれた。
「有羽さんよお。昨日の女の子は一体何者?」
「るっせえな、女日照りのお前の乾いた脳みそが見せた幻覚じゃねえの」
 にやけ面を隠そうともしないロン毛の男の名は宮里 定光[Miyasato Sadamitsu]。数十代続く地本の名家・宮里家の息子で、端的に言って不良。昔はいろいろあったが今では十分に友人と言える間柄だ。
 そうとも、Jに「普段は学校がある」と告げたことからも分かる通り、俺は学生だ。特に有名校というわけでもなく、何かの部活の在籍しているわけでもない。平々凡々を地で行くような人物。少し前はバカみたいに喧嘩に明け暮れたりもしたが、今では専らサロン・ド・パラディで小説を書いている文系だ。
 過去の縁で親しくなった定光はうざったいロン毛をシャランラ振りながら続ける。
「いやいやいや、幻覚ってことはねえっしょ。だって俺ちゃん、ばっちり見ちゃったし。っていうか尾行してたし」
「暇人かよ」
「暇じゃなくてもお前の面白恋愛話なら後ぐらい尾けるっつーの」
「迷惑な話だ、ストーキングは犯罪行為だからな?」
「お前一軒家なんだから、女連れ込み放題だと思うんだけどな……って、時間か。あとでじっくり聞かせてもらうからな」
 チャイムの音と共に自分の席に戻っていく。同時に、担任教師が見知った顔を連れて教室に入ってきた。
「唐突だが、今日は転校生の紹介がある」
 セーラー服に包まれたその細い体躯は黒板の前で実に教室に映えていた。
 昨日は男装だったため気にも留めていなかったが、胸板があまりにも薄いというたったひとつの欠点を除き、彼女は誰もが想像する"外国人転校生"として申し分ない姿で、再び俺の目の前に現れた。
「レイラ・ロウです! 日本語は話せるから、みんなよろしくね!」
 なんて笑いながら言う旧来の友を見て、騒乱の予感が脳裏を過ぎるのは当然だった。


「レイラさん? ロウさん? どっちで呼べばいい?」「どちらでも、好きな方で構わないよ」「どこから来たの?」「ドイツから。今度ジャーマン料理のお店を教えてね」「銀髪きれー」「ありがとう。ホワイトブロンドって言うんだよ」「一人暮らしなの? それともホームステイとか?」「一人暮らしさ、これでも自活できるつもりでね」「ね、ね、じゃあこの街のどこに何があるかとかはもう知ってる?」「ううん、あんまり。教えてくれると嬉しいな」「勿論! じゃあ今日の放課後にでもみんなで案内するね!」
 Jの姿からは想像もつかないコミュ力で、レイラ・ロウは瞬く間にクラスにとけ込んで見せた。というか、まさか同い年だったとは思わなかった。
 驚愕と共に熱狂するJの席の方の人混みを眺めていると、チラチラと視線を送ってきているのが分かる。すると横から小突くようなモーションと共に定光がやってきた。
「まるで三文小説みたいな展開じゃないか、ええ? 話しかけにはいかないのかよ。つか、どんな関係な訳」
「別に。ネット上の付き合いが現実に雪崩れ込んできただけさ、この二日でな」
 すると合点がいったとでも言うように手をポンと叩く動作が帰ってきた。オーバーリアクション。
「ああ、お前が熱く語ってた『デジタル・モンスター』の作者?」
「うわっ詳しいなお前、俺のストーカー? まあその通りだよ、熱く語ってたとか本人の居る空間で言うのやめろよ」
「いいじゃねえか。で、話しかけはしねえのかよ」
「はああ? ないない。俺らみたいな冴えない男が話しかけていい相手じゃないっつの」
 謎の転校生が齎す狂乱の渦はじきに収まるもので、あれよという間に放課後になった。Jとそれをとりまく陽キャ共は随分と打ち解けたようで、これから遊びに行く算段を立てていた。ま、街の案内などまともには行われないだろう。
「彼らは来てくれないのかい?」
 直帰せず管を巻いていた俺たちの方を指してひそひそと内緒話が始まった。聞こえてるんだよ、外でやれ。
「あー、その、あの二人は……」
 表立っての排斥などはないが、腫れ物を触るかのような対応を受けるのは理解している。先も言ったように俺も定光も一時期は荒れていたし、噂も尾ひれがついているものだって珍しくない。「いいから行こうよ、触れないほうがいいよ」などという言葉を最後に、彼らは校舎から出て行った。
「はー、世知辛いねえ」
「誰のせいだと思ってんだ」
「十三クン」
「俺は宮里家の息子が悪いと思ってる」
「ケッ」
「やってらんないっすわ、カーッ! ペッ!」
 適当な罵り合いを続けながら、俺たちも帰路に就いた。

 
 その後数日が経ち、転校生レイラ・ロウの影響も落ち着いた頃のこと。事件は帰宅した俺の家の玄関で起きた。
「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
 玄関先でエプロンを纏ったJが待ち構えていやがった。
「Jにするか」
 迷わず接近、独りで静かで豊かに食事を取るために腕をキメた。
「があああ! やめたまえか弱い女子にアームロックをかけるのは!」
「不法侵入者はか弱くない。ついでに俺は男女平等論者だ」
「平等を謳うならなおさら暴力をふるっていいのか!」
「俺は犯罪者に容赦はしない。ビハインドユー」
「本当に後ろに回るやつがあるか! 悪かった、悪かったから妥協しておくれ!」
 いい加減細腕が折れてしまいそうだったのでJを開放してやった。「ビハインドユー」に続けて「断る」とまでは言えなかったよ……。
「で、何しに来た」
「君に会いに来た」
「うんそれこの前も聞いたね?」
 俺が聞いてるのはなんで家を知ってるのかとかどうやって入ったかとかだよ。
「そんなもの、ナビゲートでストーキングして鍵開けで一発だったさ」
 私を誰だと思ってる――と無い胸を張るJだったが、現実で鍵開け技能なんぞ使われたらたまったものではない。
「まあまあ、折角作ったんだ。追い出す前にせめて一緒にごはんを食べておくれよ」
「鬼どころか家主のいぬ間に料理する奴は初めてみたよ……」
 あと別に追い出しはしねえから。
 観念して荷物を置き手を洗い食卓に座ると、既に食事の用意が為されていた。
 キャベツの千切りにオリーブオイル、揚げたての鶏肉は香ばしい匂いで食欲をそそる。ひじきと人参と大豆の煮物まで並んでおり――いやこれ俺が作ったやつだわ。当然と言わんばかりに味噌汁と白米まで並んでいる。お前ホントに外人か。
「冷蔵庫の中を見たが、随分手馴れているようだったね。だが作り置きの料理が多いようだったから、出来立てを用意してあげたよ」
「余計なお世話だバカヤロウ……で、俺の舌を満足させられるかな」
 自慢じゃないが、俺は料理には自信がある。実家の方針で一軒家など与えられ一人暮らしをしている手前、まあ自炊力も上がるというものだ。
 箸を伸ばして一口目を食す。非常に認めたくはないのだが、うまい。とてもうまい。
「即落ち二コマかな?」
「ふ、ふふふやるじゃねえか括弧震え声」
「ツェーンはあれかい、鶏肉が好きなのかい」
「他のもん食う気はないな」
「ふむ、こだわりが強いのかな。これは覚えておかなくてはね」
 なんでさ。
「まあ、好みに合ったようで何よりだ。そこで、本題なんだが――」
 真剣な表情に、思わず俺も顔を引き締めた。
「なんで学校で話しかけてくれないの???????????? あんなにアピールしてるのに」
 引き締めた瞬間にあきれ返った。
「いやだってお前ハードル高いって。俺みたいな人種が話しかける相手じゃないって。っつか、チャットでは毎晩顔を突き合わせてただろ」
「それじゃ足りない。期待に胸を膨らませて――ってちょっと待てなんでそこ見た。まあいい、君の性癖は既に把握してるし」
 やめろください。まさか異性だと思ってなかったからってすげえいろいろ話した過去の俺を撲殺してやりたい。
「とにかく、めくるめく学園生活を期待していたらひたすらスルーされ続けた私は、乙女力が暴走して今日のような暴挙に出たとしてもなにもおかしくはない」
「いやその理屈はおかしい」
「でもツェーン私に付き合ってくれるって言った」
 それはすまないと思うが、短期滞在だと思っていたからあんなことを言ったのだ。まさか同い年で、わざわざ俺の学校にまで潜入してくるとは思っていなかった。
「いやいいけどさ。いいけどさあ。お前話しかけるスキないじゃん、超人気者じゃん?」
「君が話しかけてくれたら全部かなぐり捨てるよ」
 重っ。
「重っ」
 いかん、思わず声に出してしまった。
「はうあっ!」
 胸を押さえて崩れ落ちた。
「いや、いやいやいやいや君。自分に会いにはるばる独国からやってきた私に対し、それはあまりにもご無体なのではー……」
 いや重いでしょ。紛れもなく重いぞ。
「え。ってか何、冗談だと思ってたけどお前本当に俺に会うために来たの」
「そうとも」
 速攻で復活した。感情の起伏の激しい奴だ。
「まあその理由はいろいろあるんだがね。今言えるのは、私が君をとても好きだということだね」
「えー……マジ?」
「大マジ」
「それはアレ? ラブ的な意味で? 俺も"J"のことはライク的な意味で好きだけど?」
「Ich liebe dich!」
「臆面なく言うねお前……」
 嬉しくないと言えばウソだが。いくらなんでも急すぎる。現実が幻想を凌駕するのはホントやめてもらっていいですか。対処できないから。
「返事をくれとは言わないよ。まだまだ時間はあるからね。必ず君を私のモノにしてみせるぞ」
 余りに男らしい宣言だ。
 うーん、ずるいなー……と思わずにはいられない。ちゃうねん、ちゃうねんて。"J"にいっつも話してたからだろうけど、レイラ・ロウ、俺の好みにぴったり合うんやて。あかんやろ。
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